おたずねになりたいことはありませんか?
質問をすることはもっともむずかしいことのひとつなのですよ。
私たちはたずねなければならない問いを何千も抱えています。
私たちはあらゆるものを疑わなければならないのです。
なんに対してもただ従ったり受けいれたりしてはいけません。
私たちは自分自身で見いださなければならないのです。
他の人を通じてではなく、自分自身で真実を見なければならないのです。
そして、真実を見るためには、完全に自由でなければならないのです。
正しい答えを見いだすためには、正しい質問をしなければなりません。
まちがった質問をしたら、必然的にまちがった答えを受けとることになるからです。
そういうわけで、正しい質問をするというのは、もっともむずかしいことのひとつなのです。
これはべつに、話し手があなたがたに質問をさせないようにしているわけではないのですが。
あなたがたは、心から、きわめて真剣な気持ちで質問しなければなりません。生というのはたいへん重大なものですから。そのような質問をするということは、あなたがすでに自分の精神を探り、自分自身の非常に深いところまで踏みこんでいるということです。
ですから、知性的な、それ自体を認識している精神だけが、正しい質問をすることができるのですし、それをたずねることそのもののなかに、その問いへの答えがあるのです。
どうか笑わないでください。これはきわめてまじめなことなのです。
というのも、あなたがたはつねに、他の人にどうすべきかを教えてもらうことを期待しているからです。
私たちはいつも、他の人の灯で自分のランプをともしてもらいたがっているのです。私たちが自分自身の灯であることはけっしてありません。自分自身の灯であるためには、私たち自身の精神で見、観察し、学ぶことができるよう、あらゆる伝統、話し手のそれをも含めたあらゆる権威から自由でなければならないのです。
学ぶというのはもっともむずかしいことのひとつです。質問をするのはかなりやさしいことですが、正しい質問をして正しい答えを得るというのは、まったく別のことなのです。
さてみなさん、ご質問は?(笑い)
(『あなたは世界だ』J・クリシュナムルティ:竹渕智子訳)