このプンニカーおばちゃんの話を読むたびに感心するのは、「作られた常識」のわなを次々と、軽々と、乗り越えてゆく、その自由さ、精神の軽さです。もちろん、その軽さは、軽薄さではありません。強靭な精神の瞬発力に支えられた軽さなのです。
「鳥のように軽くあらねばならない、羽根のようではなく」というポール・ヴァレリーの言葉を思いだします。
 そう。羽根は確かに軽く、風に乗れば高く舞い上がるかもしれませんが、風が無くなると堕ちてしまいます。しかし、鳥はその必死の羽ばたきで、自ら軽く飛ぶのです。(中略)
 バラモンは最も高い階級で、いわゆる教養があるはずです。対してプンニカーは差別され、恵まれない階級に属していました。満足な教育も受けていないのです。しかし、バラモンには精神の停滞があり、プンニカーには精神のはつらつとした瞬発力がありました。
(『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う友岡雅弥

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