一見逆説的なことに、すぐれた芸術作品には、どこか、人の心を傷つけるところがある。人は、芸術作品に接することで、積極的に傷つけられることを望むとさえ言えるのである。
 傷つけるといっても、もちろん、心ない言葉のように不快な形で傷つけるのではない。その瞬間に、何かが自分の奥深くまで入り込んで来たような気がする。ああ、やられたと思う。その時の感覚が何時(いつ)までも残り、脳の中で、何らかのプロセスが進行しているのが感じられる。その過程で、世界について、今まで気づかなかったことに気づかされる。優れた芸術は、そのような形で、私たちの心を傷つけるのである。
(『脳と仮想茂木健一郎