哲学が無害な慰みごとと考えられている時代に生きるわれわれは幸せである。しかし1676年の秋が近づくころ、バルフ・デ・スピノザには、わが身の危険を心配する十分な理由があった。一人の友人が最近処刑されていたし、もう一人の友人は獄死していた。主著『エチカ』を出版しようとするかれの努力は、それを犯罪として訴追しようとする脅迫のなかで頓挫していた。あるフランスの指導的な神学者はかれを「今世紀でもっとも不敬虔でもっとも危険な男」と呼び、権力をもつある司教はかれを「鎖につないで鞭打たれるに値する気のふれた男」と非難した。公衆にはかれは、たんに「無神論者のユダヤ人」として知られていた。(『宮廷人と異端者 ライプニッツとスピノザ、そして近代における神』マシュー・スチュアート:桜井直文、朝倉友海訳)

科学異端