天下が統一されて、たしかに戦いはなくなったが、始皇帝だけの天下であるという状態がつづくと、人民はまるで始皇帝の奴隷にひとしくなり、
 ――人の精神が死ぬ。
 という奇怪さを人々は経験することとなった。個の特性が否定されると、おのれは何のために生きているか、と疑ってみたくなる。全土の官民がいちどはそういう疑いをもったであろう。しかし、あれこれ考えたところで何も現状は変わらないとあきらめた人々は多かったが、あきらめられない人もいた。後者は、おもに法の外へでた。
(『楚漢名臣列伝宮城谷昌光