三角関数を習ったとき、そのなんたるかを理解するより先に、サイン、コサイン、タンジェント、という魔法のような言葉の響きに私はまず魅了された。カタカナ表記では、3文字、4文字、6文字と順に語数が増えていく。最初のふたつの「ン」のやわらかい脚韻が最後にぴたりと締まる音のならびの、切れ味とリズム。直角三角形の、直角ではない角のひとつを基準にして辺と辺の割合を考える際の視線の飛ばし方の不思議が、三つの呪文にさらなる力を与えていたといっても過言ではない。(『正弦曲線』堀江敏幸)