長い楚(そ)の歴史のなかで、ただいちど、亡命してきた天才に政柄(せいへい)をにぎらせたことがあった。その天才とは、
呉起」(ごき)
 である。呉起が楚でおこなった改革は商鞅(しょうおう)のそれの先駆的な意義をもつ。呉起の才能は軍事にとどまらず、立法、司法、行政におよんだ。その改革が国の体質を変え、王族から庶民までの意識を刷新しおえたら、楚は天下を経営するようになったであろう。
(『奇貨居くべし宮城谷昌光

呉子