「おらあたった今夢から覚めたんだ。今までおらあ盗みをしてきた、半分は欲だ、半分は自棄(やけ)だ、また堅気のけちな米喰虫でつまらなく終るより、いっそ鼠小僧のような大盗人になって、わっと世間から騒がれて死にてえ……そんな見栄(みえ)も手伝っていた。だがおらあ、今夜という今夜こそ、自分の仕事がどんなに酷(むご)いものかってえことを知った。盗むこっちゃあどうせ酒か博奕(ばくち)に遣っちまう金が、あそこじゃ親娘三人を生かすか殺すかの楔(くさび)になっている。こんな、酷え業たあ知らなかった」(『雨の山吹山本周五郎