例えば、マッカーサー自身の回顧録や占領軍内部の記録では、「占領は秩序正しく、流血なしで行われた」と記されている。だが日本側の調べた事実は逆で、特別高等(特高)警察の記録によると、進駐最初の1ヶ月で、神奈川県下で最低44件の強姦事件が発生した。それを記した特高警察は、記録を焼却された上に10月4日に解散させられている。
 さらに占領期間中には、日本本土で「少なくとも2536件の殺人、2万件以上の強姦事件が発生した」とされているが、それに対して、戦後の「言論の自由」を担(にな)ったはずの日本のマスメディアは、GHQの厳しい報道規制命令を受け、極めて無力な存在であった。直接軍政下に置かれた沖縄でも、米軍兵士による非道な犯罪が繰り返されたが、その度に日本人側の記録と記憶は、目を覆(おお)うように塗り替えられていた。
(『GHQの日本洗脳 70年続いた「支配システム」の呪縛から日本を解放せよ!』山村明義)
 アラ木のうちにスミをかけるだろ? マナ木かけってわけでチョウナで落す。これに4時間ぐらいはかからア。削り台にあげてからチョウナ目を見直して、アラシコ、中シコをかけて、それからスミをうつんだ。てんづけカンナをかけるなんて雑なことはしやしねえ。スミをうったら二寸ガンナで削り、その上を三寸でムラ取り、またそいつに四寸ガンナってわけだ。
 あたしゃアこの四寸ガンナからできたカンナ屑は、惜しくってしばらく取っといたね。堂々たる四寸幅で、薄くってフワフワしてやがって、一気に二間削った長いやつが丸めると手のひらのなかへはいっちまって見えねえくらいなんだ。(味方虎児)
(『職人衆昔ばなし』斎藤隆介)
 脳から精神が現われたときは、ビッグバンのようなことが起こった。渋滞は自動車がつくりだし、その渋滞が自動車の動きを制限する。それと同じで、精神もまた、水浴kラを生みだした脳を制限するのではないか?(『〈わたし〉はどこにあるのか ガザニガ脳科学講義マイケル・S・ガザニガ:藤井留美訳)
 近衛が死の前に「黙」という字をつねに書いていたことは、かれの護衛役だった西郷隆秀近衛文麿の伝記を書こうとした政治学者の矢部貞治に語っている。
 近衛文麿は「黙」という字を書くことによって、自身に科(ママ)した沈黙の規則を守り、怒りを抑え、誘惑を断ち切り、自分を励まし、なにも明かすことなく死んだ。
 そしてかれが最後まで沈黙をつづけたがために、われわれの意識のなかで木戸ノーマン史観は揺るぎない存在となっているのである。
(『近衛文麿「黙」して死す すりかえられた戦争責任鳥居民
 繰り返し聞かされる幼い頃の出来事などの情報から、それらしい場面を思い浮かべれば、無意識のうちに記憶の隙間を埋め、細部を作り上げることができる。すると、脳が情報の断片を自分の納得のいくようにつなぎ合わせるため、まるで本物の記憶のように感じる。これは「記憶の持ち主」が意識的に行うことでなく、無意識のうちに起こる。これを起こす主要なふたつのブロセスが「作話」と「情報源の混乱」だ。(『脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議』ジュリア・ショウ:服部由美訳)
 暴力とは一時の感情において、もしくは自分の利益のみを考慮して、他者の精神や身体を傷つける行為であり、その暴力を抑止して平和と共存を作り出すものが理性である。理性は感情や欲望の激発を押さえ、自分の行動を首尾一貫させ、自然を合理的に制御して、人生の長期的な利益を実現させる。それと同時に理性は、個々人の無反省な利益追求を抑制し、人々のあいだに共存の枠組みを作り上げ、社会全体に長期的な利益をもたらす。理性と暴力の関係とはこのようなものである。(『理性の暴力 日本社会の病理学』古賀徹)
 しかし、天皇を「玉」と呼び、どこまでも政争の具として利用しておきながら、また、イギリスの支援を受けながら、「尊皇攘夷」を喚(わめ)き続けた倒幕勢力とは、「官」を名乗りはしているがその実態は「賊」ではなかったか。即ち「官賊」と呼ぶべきものではなかったか。この言葉は、大義なき戦を仕掛けられた会津人たちが、文字通り必死の防衛戦を繰り広げたその時に、実際に使った表現でもある。(『官賊と幕臣たち 列強の日本侵略を防いだ徳川テクノクラート原田伊織
 日本人は山水庭園に関する世界一の造園家です。私たち西洋人は「絨毯(じゅうたん)式造園美をよし」とするいまだ未熟な世界にいる自分に気づきます。日本の天才は1ヤード[90センチ]角でも、1000フィート[300メートル]角の広さでも自由自在に植物を育て仕上げることができます。この国の庭師は、フランスのメイドや英国の四輪馬車御者と同様、今や米国の公共施設には欠かせない職業として重んじられています。自然を愛し花を崇拝した先祖の血筋を引く気高い日本版アダム[人類の祖]の同業集団は、生長する植物への深い愛情や、米国人には理解できない専門能力を受け継いできました。そしてこの国の農業はすべて芸術的で、ほとんど魔術的な庭造りをしています。(『シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー』エリザ・R・シドモア:外崎克久訳)

日本近代史
 毛沢東(マオツォートン)――世界人口の4分の1を占める中国人民を数十年にわたって絶対的に支配し、20世紀指導者の誰よりも多い7000万余という数の国民を平時において死に追いやった人物――は、1893年12月26日、中国の中央部湖南(フーチン)省のゆるやかな丘陵に囲まれた韶山冲(村)で小作農として生まれた。(『真説 毛沢東 誰も知らなかった実像』ユン・チアン、ジョン・ハリデイ:土屋京子訳)
【日本は歴史上、民衆からの突き上げで革命が起きたことは一度もない】。ということは、民衆がそこまで強い不満を持ったことはない、つまりは、いつの時代でも税制はそれなりによくできていたものと思われる。それは、古代日本の税制についても言えることだ。(『お金の流れで読む日本の歴史 元国税調査官が「古代~現代史」にガサ入れ大村大次郎
 必要とあらばすぐに打てるよう常に心の準備をしておくべきだ。躊躇はない。必要なら打つとすでに決めているのだから。「攻撃的になれ」「緊張していろ」という意味ではない。単に心の準備をしておくだけだ。ある意味冷淡でなければならない。一筋縄では行きそうにない相手には「話し合いもできるが、打つべき理由があれば打つ」という覚悟を持つ。そうすると不思議なことに争いになりにくい。体のぶつかり合いになったらそれで良い。受け入れることが安全への鍵となる。そして冷淡な態度を保ちながらも、あまり強く打ちすぎないように訓練するのが大切だ。相手をストップさせるために打つだけだ。それが相手を打つための最初の準備である。相手を止める目的で打つ。不能にするまで打ってはならない。その気持ちは心に閉(ママ)まっておく。(ヴラディミア・ヴァシリエフ)
(『ロシア武術 自他を守り、心身を開発する打撃アート システマを極めるストライク!』ヴラディミア・ヴァシリエフ、スコット・メレディス:大谷桂子訳)

システマ
 この北清(ほくしん)事変において、欧米列強は日本軍の規律正しさに感嘆(かんたん)した。とりわけ彼らを驚かせたのは、日本軍だけが占領地域において略奪(りゃくだつ)行為を行わなかったという事実であった。北京でも上海でも連合軍は大規模な略奪を行ったが、日本軍だけは任務終了後ただちに帰国した。
 救援軍の到着まで、北京の公使館区域が持ちこたえたのも日本人の活躍が大きかった。11ヵ国の公使館員を中心につくられた義勇軍(ぎゆうぐん)の中で、日本人義勇兵は柴五郎(しばごろう)中佐の指揮の下(もと)、最も勇敢にして見事な戦いぶりをみせた。事件を取材して『北京籠城』(ぺきんろうじょう)を書いたピーター・フレミングは、「柴中佐は、籠城中のどの士官よりも有能で経験も豊かであったばかりか、誰からも好かれ、尊敬された。日本人の勇気、信頼性、そして明朗さは、籠城者一同の賞讃(しょうさん)の的になった」と書いている。列国の外交官やマスコミは日本軍の模範的行動を見て印象を一変させ、「同盟相手として信ずるに足りる国である」という親日的感情を抱いた。
(『読む年表 日本の歴史渡部昇一
 1946年5月から48年11月12日の裁判終了までの約2年半の間、46年5月17日着任依頼、判事の勉強ぶりは、万人のひとしく認めるところであった。この間、公開法廷のあったのは423日であるが、宿舎の帝国ホテルと市ヶ谷台の法定とを往復するほかは、いっさいの娯楽を求めず、着任2ヵ月にして他の同僚判事との交際も断ち、ホテルに閉じこもり、膨大な証拠書類や、参考資料ととり組んだ。その精進と識見と学識は、敗戦日本人に深い感銘を与えた。(『パル判決書』東京裁判研究会)

パール判事東京裁判
 一方、当事者がほとんど鬼籍に入り、中東軍事介入泥沼化で厭戦気分が広がったこともあって、欧州戦線で、ドイツを東側から攻めたソ連兵が、略奪と強姦を繰り返したのに対し、西側から攻めた米兵は、解放者として歓迎され、規律正しく行動したという、従来の第二次大戦「正史」も見直され始めた。ソ連軍同様、米軍も略奪に加え、ドイツ人女性を強姦しながら進軍していたことなど、これまで米国でタブーとされてきた、米兵の狼藉(ろうぜき)ぶりを明らかにする書籍が、次々と刊行されたのだ。(『日本人が知らない最先端の「世界史」』福井義高)
 増税につぐ増税、「失業者」の増大、マッチや砂糖すら配給(切符制)、……と全国民が一斉に「貧困者」への転落を強要された。それが日中戦争の結末であった。「ぜいたくは敵だ!」の立て看板が銀座など東京に初めて立てられたのは、1940年8月1日であった。婦人のパーマネントも禁止され、ネオンサインも廃止となり、ダンスホールも閉鎖となった。
 このように、日本中が暗く貧しくなり、経済的にも破綻寸前にまでなったが、それは1941年12月のパール・ハーバー奇襲に始まる超大国の米英を相手の戦争によるのではなく、貧弱な兵器や未熟な軍隊の軍事「後進国」にすぎない中国を対手(あいて)とする戦争によってであった。日中戦争の不可解さは実はここにある。これこそはまた、表面上は「無目的」にみえる日中戦争にかけた近衛文麿らの“秘められた戦争目的”をあぶり出す鍵(かぎ)でもある。
(『近衛文麿の戦争責任 大東亜戦争のたった一つの真実』中川八洋)

大東亜戦争
 彼と話をしたイスラム教徒は「ラーマクリシュナはイスラム教の聖者だ」と言う。クリスチャンは、「ラーマクリシュナはキリスト教の聖人だ」と言う。ヒンドゥー教のなかの各派の信者たちはみな、「ラーマクリシュナは私と同じ宗派の大覚者(パラマハンサ)だ」と言う。そして、それぞれに自分の信仰を深め、浄めていった。古今東西、こんな“宗教家”があっただろうか? 私は聞いたことがない(仏教についていえば、インドでは仏教はヒンドゥー教の一派とみなされている)。(『インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯田中嫺玉
 それでも、敗戦の瓦礫の中から祖国を復興するために、経済再建の意気に燃えていた頃の自民党には、理想と教養を持つ政治家もいて保守合同に参集したが、経済力がついた70年台に政界が利権の漁場になるに従い、愚民政治による社会の退廃が急速に進み、経済の拡大に反比例して社会倫理が衰退し、政権担当は既得権擁護のためになり果てた。
 田中内閣による金権政治の横行に続いて、中曽根内閣で表と裏の社会が逆転した後は、竹下内閣で暴力団の影響が政策を動かしたので、政治の場は利権取引の舞台にと変貌した。その結果、国会の議席は二世と官僚出身がほぼ占有し、隙間を人気稼業のタレント候補が埋める形で、議会の多数派を利権屋が支配したために、日本の政治から理想や教養が雲散霧消して、国政の関心は数合わせと利権配分になった。
(『夜明け前の朝日 マスコミの堕落とジャーナリズム精神の現在藤原肇

朝日新聞
「ようするにですね、普通に帳簿をつけて、普通にガンガン経費をのっけてって……という限り、税務署側と見解の相違が出て『支払いなさい』となったところで、せいぜい本来払うはずだった税額の3割増し程度なんですよ。しかも3割増しっていったって、追加分に対して3割増しってだけだから、実質はもっと下ですよね」(『フリーランスを代表して 申告と節税について教わってきました。』きたみりゅうじ)
 平手打ちから髪の毛を掴んで引きずり回して壁に打ちつけます
 むかつく・チクるなどの汚い言葉遣いをした子供は徹底的に痛めつけましょう
 罰として1人で掃除とか1日中正座とかは体はキツくても案外平気で叩かれなければ大抵のことは我慢できた
 それよりもその怒られているシーンを他の子たちに見られていることが恥ずかしかったり 怒られた後、食事抜きになるのがひもじかったり、1人だけ違う部屋に隔離されるのが寂しくて精神的にはキツかった
(『カルト村で生まれました。』高田かや)

 今日、宗教は差別や意見の相違、不統一の根源と見なされることが多い。だがじつは、貨幣帝国と並んで、宗教もこれまでずっと、人類を統一する三つの要素の一つだったのだ。社会秩序とヒエラルキーはすべて想像上のものだから、みな脆弱であり、社会が大きくなればなるほど、さらに脆くなる。宗教が担ってきたきわめて重要な歴史的役割は、こうした脆弱な構造に超人間的な正当性を与えることだ。そのおかげで、根本的な法の少なくとも一部は、文句のつけようのないものとなり、結果として社会の安定が保証される。
 したがって宗教は、【超人間的な秩序の信奉に基づく、人間の規範と価値観の制度】と定義できる。
(『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福ユヴァル・ノア・ハラリ:柴田裕之訳)
 アメリカは日本に対して外貨(すなわち円)で交易しているわけではない。ここが国際決済通貨=ドルをかかえた国とそれ以外の国との基本的な差である。アメリカには対外貿易などないのである。
 また、アメリカが受け取る外国からの投資についても、これはアメリカの国としての統計上は対外債務として計上されるが、その大半は利子など払う必要もなく、たとえ払ったとしても、国内の債権者に払うのと同じドル建てであり、「対外」債務とはいいがたい。
(『ボーダレス・ワールド』大前研一:田口統吾訳)
 こゝから所謂志士「青年将校」の出現となり、この青年将校を中心とした国家改造運動が日本の軍部をファッショ独裁政治へと押し流して行く力の源泉となつたのであるがこの青年将校の思想内容には二つの面があることを注意する必要がある。その一つは建軍の本義と称せられる天皇の軍隊たる立場で、国体への全面的信仰から発生する共産主義への反抗であり、今一つは小市民層及貧農の生活を護る立場から出現した反資本主義的立場である。(『大東亜戦争とスターリン 戦争と共産主義』三田村武夫)

日本近代史
 沈黙には多くの性質がある。音と音の間の沈黙、ふたつの調べの間の沈黙があり、また思考と思考の間隙で広がっていく沈黙がある。あるいは田舎の夕暮れに訪れるあの不思議な静寂のうちに、四面に広がっていく沈黙がある。また、どこかの犬の遠吠えや急な斜面を登るときの汽車の汽笛の背後にある沈黙、家中の者がすべて眠りについたときに家の中に生まれる沈黙、さらには真夜中にただひとり目覚め、谷間でほうほうと鳴くふくろうの声を耳にしたときの異様に深々と強まりゆく沈黙。さらにはふくろうの仲間が応え返す前の沈黙がある。あるいは古い廃屋のまわりに漂う沈黙があり、山の持つ沈黙がある。さらには互いに同じものを見、おなじことを感じ、同じことをしたふたりの間に生まれる沈黙がある。(『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔J・クリシュナムルティ:大野純一訳)
 実は、最古の宗教行為の存在を示唆するネアンデルタール人の墓や礼拝所は、最古の人類文化の存在を示唆する品々(陶器、複数の部品を組み立てて作った道具、原始的な生活雑貨など)と同じ時代に作られたことが分かっている。この事実は、ヒト科の動物が人間らしい振る舞いをはじめた途端に、存在の深遠な謎について思いをめぐらせたり、実存的な不安に苦しんだりするようになり、物語を作ることで解決を見出そうとするようになったことを意味している。彼らが作った物語のことを、われわれは今日、「神話」と読んでいる。(『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンスアンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース:茂木健一郎訳)

科学と宗教脳科学認知科学脳神経科学
 高砂族の首狩りは、つぎの要求から行なわれた。
 1.武勇を示すため……結婚の条件を得るため、または男性の名誉のため。
 2.成年男子の資格を得るため……成年にならなければ個人としての人格が認められない。
 3.身の潔白を示すとき……無実の罪をはらすため。
 4.復讐のため
 5.怨恨のため
 6.他種族、他部落との利害関係
 7.神霊を慰めるため……悪疫、災害のあった時、または豊作、豊猟をまねくため。
(『台湾 高砂族の音楽』黒沢隆朝)

台湾