スパイにとっては『スパイである』という身元を洗い出されることがいちばん困るのだから、自分が殺されるというぎりぎりの限界まで『殺し』という最後の武器を使うことはない。
 また『殺されない』ということも大事で、スパイは『探りだした』だけではななんいもならない。『探りだしたことを報告して』こそ、はじめて任務の達成ができるのである。だから、たとえ手足を斬(き)られて歩けなくなっても、転びながら帰る。舌を抜かれて、目をえぐりとられても、心臓の動いているかぎりは死なずに帰って報告するのが、まず第一の任務とされている。
(『秘録 陸軍中野学校』畠山清行著、保阪正康編)

中野学校小野田寛郎