信吉には一人の愚直な職人の姿がみえるようであった。そこにいる松のような、肉の緊まらないカラダ(※躯の正字)つきで、目尻の下ったまるっこい顔で、いつも諦めたような卑屈な笑いをうかべている。仕事の腕はあるが、頭が悪いので人に利用され、ばかにされるだけである。狡猾(こうかつ)の勝つ世の中では、こういう人間は一種の敗者であろう。勘定の催促でも強くはできない。割の悪い仕事はみな押付けられる。彼にはすべてがあとまわし、取るものはびしびし取立てられる。そしてしぜん生活はいつも苦しく、いつまでも苦しく、彼は溜息をつくばかりである。……信吉には今、その途方にくれたような、力のない溜息が聞えるようであった。(「嘘アつかねえ」)『日日平安山本周五郎