学習者が初めて壁を叩く300ボルトになる前に実験者の命令に服従するのを拒否した被験者はいなかった。300ボルトといえば、「非常に強いショック」と書かれたスイッチ群を通り過ぎて、「強烈なショック」のレベルに入っていたのであるが。リモート条件の40人の被験者のうち、5人は315ボルト以上に進むのを拒否した。最終の450ボルトになる前に実験者の命令に逆らったのは14人である。しかし、40人中の26人という65パーセントにものぼる大多数が、完全に服従して、「危険:激しいショック」のゾーンを越えて、不気味な「XXX」と書かれたレベルまで続けてしまったのである。
 人間は権威に服従する傾向が深く植えつけられているということだけならば、なにもミルグラムが改めて言うまでもないことである。しかし、この実験が明らかにしたのは、その傾向が驚くほど強烈であること、そしてある人の意思に反して、その人を傷つけるのは間違っているという、私たちが子どものころから教えられてきた道徳の原理よりもその傾向の方が優先されているということであった。
(『服従実験とは何だったのか スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産トーマス・ブラス