実際、かれが注意深く聞いていたのは、話の内容ではなく、 猗房(いぼう)という娘がもっている声の大小、明暗、澄濁(ちょうだく)など、いわば声の生まれつきの品格である。
 ――男女を問わず、人を鑑(み)るには、まず声だ。
 と、この老人は信じている。話し方にとらわれてはならない。話し方は、生来というものではなく、変化してゆく。変化するものにこだわれば、けっきょく人を見損(みそこ)なってしまう。
(『花の歳月宮城谷昌光