誰かが聞いたらびっくりするような奇声をあげながら頂上を目指す。声を出すたびに酸素がたくさん入ってくるような感じがしたからだ。もう体力は限界にきているのか、苦しさのあまり奇声をあげ、カメラ以外のものはどんどん置いていく。時間も気にならない。「単独」「新ルート」「アルパイン・スタイル」「8000メートル」、これらの言葉はもう僕の頭の中から消え、今までの厳しかった道のりも忘れ、チョモランマが見えるまでと言い聞かせながら本能だけで歩いている。自分が、もう自分でない。僕の後ろを歩いていたあいつも消えた。そして、稜線の先にわずかに尖った山が見えた。チョモランマに違いない。(『垂直の記憶山野井泰史