「死んではいけない」
 彼は静かに云った。「……どんな過でも、この世で取り返しのつかぬことはない。人間はみな弱点を持っている。誰にも過失はある。幾度も過を犯し、幾十度も愚かな失敗をして、そのたびに少しずつ、本当に生きることを知るのだ。……それが人間の、持って生れた運命なのだ」
(『艶書山本周五郎