「なかなかクールな男なのだ」私が言った。「自分が何をしてるかわかっていて、怖れを知らない」
「おまえやおれのように」クワークが言った。
「ああ、だがやつのほうが男前だ」
「おまえやおれより?」クワークが言った。「そんなことが可能なのか?」
(『プロフェッショナルロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳))
「初対面のとき、あんたはおれを殺しかけた」私が言った。
「だが殺さなかった」ルーガーが言った。「きみは私を刑務所送りにするところだった」
「だがそうしなかった」
「では貸し借りはなしだな」ルーガーが言った。
(『灰色の嵐ロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳)
 ホークは両手で交互にボールを打ちはじめた。リズムはまったく崩れなかった。私は手を止めて、見ていた。これがホークの本質だ。彼のするほかのすべてと同様に、まったく努力していないように見える。別のことでも考えているかのように。しかし、その完璧に集中したエネルギーはバッグを破裂させてしまいそうだ。(『昔日ロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳)
 たとえば他の悲しみだが、これが本当にわかったら、自分も悲しくなるというのでなければいけない。一口に悲しみといっても、それにはいろいろな色どりのものがある。それがわかるためには、自分も悲しくならなければだめである。他の悲しみを理解した程度で同情的行為をすると、かえってその人を怒らせてしまうことが多い。軽蔑(けいべつ)されたと感じるのである。(『夜雨の声岡潔:山折哲雄編)
三浦岩礁のみち 三浦半島南端の海岸沿いを歩くこのコースは、「関東ふれあいの道」の神奈川県1番コースとして設定されている。剱埼灯台や盗人狩、宮川湾の風車など見どころたっぷりのコース。(『神奈川の山登り&ハイキング 絶景最新版 ウォーカームック』)
「どうしてそんなに意地が悪いの?」
「天与の才能にちがいない」
(『真相ロバート・B・パーカー:菊池光〈きくち・みつ〉訳)
 つまり彼らは、16世紀の世界地図をまたぎ、東西の歴史をゆり動かしたすべての土地をその足で踏み、すべての人間を、その目で見、その声を聞いたのである! そのとき日本人がどれほど世界の人びととともにあったかということを彼らの物語は私たちに教えてくれる。そして、その後、日本が世界からどれほど隔てられてしまったかも。(『クアトロ・ラガッツィ若桑みどり
高橋篤史●いまのジャーナリズムを覆っているのは、わかりやすいニュース解説を求める「池上彰」化現象ですよ。(『ジャーナリズムの現場から』大鹿靖明編著)
 股関節が上手に使えないと、ヒザ関節や足首の屈曲と伸展に頼ってペダリングをしようとします。ヒザ関節や足首は本来、股関節が発揮する爆発的なエネルギーの経由点にすぎません。ヒザ関節や足首の周囲には、股関節まわりのようにボリュームのある筋肉がなく、大きな力を出そうとするとまわりの筋肉や関節の負担になり、ヒザなどを痛めることとなります。(『より速く、より遠くへ! ロードバイク完全レッスン 現役トップアスリートが教える市民サイクリストのトレーニング法』西加南子)
 ここは、この世でいちばん過酷な楽園だ。過酷なことはわかっているのに、自転車選手たちは楽園を目指し続ける。
 3週間の間、3000キロ以上の道のりを走り続けるという楽園。
 楽園に裏切られる者も、楽園を裏切る者もいる。楽園を追われる者も、そしてまた舞い戻ってくる者も。
 それでもこの場所はまぎれもない楽園で、自転車選手たちは誰もがこの場所を目指すのだ。
(『エデン近藤史恵
藤原●佐藤(法偀)さんがカッパドキアに宗教の原点を感じ、あそこに何かがあると直観したのは、きっとミトラ教が関係していると思います。ミトラ教は中東の古代の多神教の源流であり、ミトラの母親のアシュトラ信仰として、ゾロアスター(拝火)教の祖先に相当しており、インドでは仏教にも影響を与えています。
 分断し得ない無限のアミトラがアミダになり、浄土思想として阿弥陀信仰の形をとって、西方浄土を拝む儀式に定着しています。また、地中海地方では地母神のアルテミスとして、キリスト教もマリア信仰になっているし、マイトレーヤは普遍性を持つ存在だから、分断した基本単位として基準の意味で、メートル法の語源にもなっています。
(『賢者のネジ 21世紀を動かす「最終戦略論」藤原肇
 とくに広範な影響を及ぼしたふたつの発明は、「運動」――これによって動物は食料を探しまわれるようになった――と、「視覚」――これはあらゆる生物の特徴や行動を変えた――だ。5億4000万年ほど前に起きた急激な目の変化は、特異な動物が化石記録に突然現れだすカンブリア爆発という現象の大きなきっかけになった可能性が高い。(『生命の跳躍 進化の10大発明ニック・レーン:斉藤隆央訳)
 Bさんは地面に倒れて動かなくなった。その肩を城田氏は長靴で蹴る。さらに血のついたハンマーを持ったまま自宅にあがり、台所にいた妻を襲う。止めに入った長男も襲う。血まみれになり瀕死の3人を残して社用車で逃走する。まもなくパトカーに停車させられて職務質問され、車内から血のついたハンマーが見つかり、緊急逮捕される。
「会社のノルマから解放された一種の解放感があります」
 逮捕直後、城田氏は警察官にそう供述している。
(『大東建託の内幕 “アパート経営商法”の闇を追う』三宅勝久)
 今は信じてもらえないかもしれないが(東京近郊に住んでいる人ならば)その気になれば1日で往復200km、東伊豆で海鮮丼を食べて帰ってくることも、片道300km、日本海まで走って夕焼けを眺めることさえできる。そして、その距離を走る間に見ることができる景色は、エンジン付きの乗り物から見る景色とはまったく違うものだ。もちろん辿り着いた目的地で見る景色もまったく違って見えるはずだ。
 ロードレーサーとはそういう乗り物だ。
(『自転車で遠くへ行きたい。』米津一成〈よねつ・かずのり〉)

ロードバイク
 思うに、人間のヒューマニスティックな感情は、ある連帯的な関連の中ではじめて保証された姿をあらわすものではないのだろうか。良心は場所を選ぶのではないだろうか?(『西洋一神教の世界 竹山道雄セレクションII竹山道雄平川祐弘編)
はだしのゲン』は『少年ジャンプ』に連載されていたのですが、余りにその偏向の度が過ぎ、読者からのクレームが付きました。連載が休止になったのち、単行本化が進められたのですが、その際に日教組が強力な普及運動を展開したのです。(『人種差別から読み解く大東亜戦争岩田温〈いわた・あつし〉)

人種差別日本近代史
 世界でいちばん有名なレースであるツール・ド・フランスでは、3週間にわたって、1日150キロ以上の距離を走り続け、その間、何度も峠を越える。総走行距離は3000キロを越え、高低差は富士山を9回上り下りするのに匹敵する。しかも、2日ある休養日を除けば、1日たりとも休むことは許されない。休んだ時点で、リタイアとなる。(『サクリファイス近藤史恵
 自転車は、二つの車輪を前後に直線に並べ、人力で駆動して走る二輪車である。ドイツのドライス(1785~1851)が1813年に発明し、ドライジーネと呼ばれた。このころの自転車は木製の足けり式だった。自転車はイギリスに渡り、1870年代に男性の娯楽として注目された。その後、二つの重要な発明――チェーン駆動と空気タイヤ――があり、男女・年齢を問わず、実用性と娯楽性で人気を得た。(『自転車入門 晴れた日はスポーツバイクに乗って』河村健吉)
 72年末には中村はトリオを抜け、新たにアルトサックス奏者の坂田明(1945~)が加入した。中村の「初めて日本語と接した外国人の耳に聴こえる日本語のモノマネ」は、その後タモリによって受け継がれ、やがて坂田明が「ハナモゲラ語」と命名、さらなる発展を見る。このときにはすでに上京していたタモリも加わり、仲間が集まるたびに、相撲中継だの料理教室だのあらゆるものをハナモゲラ語化しては大騒ぎした。(『タモリと戦後ニッポン』近藤正高)
 小さくてかわいいパンツをはくのはやめましょうとは言いませんが、健康面から見れば、夜だけでも、小さいパンツの食い込みやゴムの締めつけから体を解放してあげてほしいのです。(『夜だけ「ふんどし」温活法 寝ている間に「冷え太り」解消!』日本ふんどし協会著、山田麻子監修)
 そういうわけでセバスチャン・カステリオンもまた、あの決定的な瞬間に、自分自身の影以外にはひとりの援軍もなく、大義のためにたたかう文筆家にそなわっている奪うことのできない力――動揺することを知らぬ魂の不屈な良心のほかには、なにひとつ身につけていなかった。(『ツヴァイク全集17 権力とたたかう良心 カルヴァンとたたかうカステリオン』ツヴァイク:高杉一郎訳)
 人間だけが時間を(そして空間をも)空虚と感じる。その中に何か物がつまっているべきはずの、枠のようなものとして思いうかべる。そしてこの空虚に怖れを感じる。獣には時の観念はないのだろう。獣はただ目前の刺戟に反射して生きている。植物は人間が眠っているときとおなじく、獣は人間の幼児のときとおなじなのだろう。それが、人間にかぎって、6~7歳のころから空虚を感じるようになる。目前の反射的行動から分離した、主体の領域をもつようになる。
 この、事物をはなれたものを感じる力こそ、人間に独特の能力である。
 少年のころ――あれがこういう機能がめざめはじめたときだったろう――われわれは独りでいると、限りない退屈を感じた。それは恐怖にちかい、堪えがたいものだった。
(『乱世の中から 竹山道雄評論集竹山道雄
 何をしていたかというと、おれはベッドに正座し、デタラメの長唄を唄い、ユカタ姿の中村(誠一)が踊っていたのだ。中村は籐椅子をツヅミのようにかかえ、ヨォーッカッポンカッポンと言いながら踊った。そのうち、籐椅子の底が抜けてしまった。すかさずそれを頭からかぶった。
 〽そこで虚無僧こもかぶりぃ~~
 唄い踊っていると、部屋のドアが開いて、知らない男が、中腰で踊りながら入って来た。あざやかな手つきだった。時々、ヨォーなどと言いながら中村の側までやって来た。それから妙な手つきで、中村の頭から籐椅子をとってしまい、自分がかぶって踊り続けた。我に返った中村が、踊りをやめ、凄い勢いでまくしたてた。
 少しは自信のあるデタラメ朝鮮語でだ。すると驚いたことに、この男はその3倍の勢いで同じ言葉を喋り返した。この【照り返し】にびっくりした中村はそれならと中国語に切り換えた。
 男は5倍の速さでついてきた。これはいかんとドイツ語に逃げた。ますます男は流暢になった。イタリア、フランス、イギリス、アメリカと走り回るうちに、男の優位は決定的になってきた。最後に男の顔が急にアフリカの土人になってスワヒリ語を喋り出した時は、おれたちはたまらずベッドから転がり落ちた。すでにそれまでに、笑いがとまらず悶絶寸前だったのだ。
 中村はいさぎよく敗北を認め、ところであなたは誰ですか、と訊いた。「森田(もりた)です」とそいつは答え、これがおれにとってタモリの最初の出現だったというわけだ。
(『ピアノ弾きよじれ旅』山下洋輔)
 病の床の中で、書生さんを相手に碁盤を見つめる日がふた月も続いたのち、ここ数日はその力もなく、ただ仰向いているばかりでした。そして、「退屈や、退屈や」を連発しながら、ぽつりと、
「明日(あした)になったら死んでるやろ」
 と言って目を閉じました。それから間もなく昏睡状態に陥り、夜も明けやらぬ頃、春一番の嵐とともに旅立ちました。(鯨岡寧〈くじらおか・やすし〉/岡の娘婿)

情緒と創造岡潔
 仏教はこう教えてくれている。目を開けて見ると山が見える。それが山とわかるのは大円鏡智(だいえんきょうち)の働きである。山の色彩がわかるのは成所作智(じょうしょさち)の働きである。山の心までわかるのは妙観察智(みょうかんさっち)の働きである。実際にあるとしか思えないのは平等性智(びょうどうしょうち)の働きである。(『日本の国という水槽の水の入れ替え方 憂国の随想集岡潔
 近衛はしばしばその弱い性格を云々(うんぬん)された。宇垣一成(うがきかずしげ)は近衛の伝記を書いた矢部貞治(やべていじ)に、「近衛公は聡明で気持がよいが、知恵が余って胆力と決断力がなかった。知恵は人から借りられるが、度胸は人から借りられない」と語ったという。近衛自身もその事を意識していた。だからこそ近衛が強いものにあこがれていたということもいえるのである。昭和13年に社会大衆党の西尾末広(にしおすえひろ)議員が近衛に対して「もっと大胆に、日本の進むべき道はこれであると、ムッソリーニの如く、ヒットラーの如く、或はスターリンの如く、大胆に日本の進むべき道を進むべきであります」と激励し、そのスターリンの一語によって議員を除名されたが、近衛が、昭和12年4月、次女温子の結婚前日自宅で催された仮装パーティの際ヒットラーの仮装をつけたというのは、極めて興味深いエピソードといわねばならないだろう。(『大政翼賛会への道 近衛新体制伊藤隆

近衛文麿日本近代史
 財布やマップ、工具など必要最低限の荷物ですませるときは、背中が解放されるウエストバッグが快適。容量は10リットル前後のものがバタつかず、使いやすい。しっかりと保持できるようにベルトが幅広で、荷物を体に引きつけるストラップがあるものを選びたい。(『新版 湘南・鎌倉自転車散歩』藤原祥弘〈ふじわら・よしひろ〉、DECO、麻生弘毅〈あそう・こうき〉)

自転車
 有史以来、最大の発明品は「ネジ」と「車輪」という説があります。複数のものを効率よく確実に固定させられる「ネジ」と、大きく重いものを無理なく移動させることができる「車輪」。この2つの発明品を組み合わせた「自転車」という乗り物は、我々の生活になくてはならない重要な道具として進化してきました。(『はじめよう ロードバイク メンテナンスハンドブック』山路篤)
 クイックレバーの向きはフォークに沿った位置(上)から、フォークと直角の位置(下)までの間にする。前や下だと何かにぶつかって、クイックレバーが外れる可能性があるので×(『誰でもできる自転車メンテナンス』竹内正昭)

自転車
 ペダルは踏んだり、漕いだりしてはいけない。あくまでも回すモノ。選手はレースで1分間に90~120回転もペダルを回している。これは極端な例としても、踏み込みや引き脚の意識が強すぎると、リズムよくペダリングはできない。(『Tarzan特別編集 自転車が最高!』)

自転車
 自分の身体に合った自転車に乗ることがロードバイクを楽しむための秘訣。シマノの「バイクフィッティング」のメニューのひとつ、スタティックフィッティングなら2000円程度のコストで手軽に理想的なサイズを導き出してくれます。(『ゼロから始めるロードバイクの本』)
 リズムとリズムは出会います。すると、不思議なことが起こります。互いに相手を認識したかのように、完全に歩調を合わせてリズムを刻みはじめるのです。これが「【同期現象】」と呼ばれるもので、「【シンクロ現象】」とも呼ばれます。この現象のために、リズムに満ちたこの世界はますます生き生きと精彩を放つものになります。(『非線形科学 同期する世界』蔵本由紀〈くらもと・よしき〉)
「……死んでおります、水底にひと抱えほどの石があります。かれはその石をこう抱えて死んでおります」(『深川安楽亭山本周五郎
 基本のペダリングでは足首は動かさないほうがいい まだ体幹の筋肉をじゅうぶんに動員できていない初級者の場合、足首が動いてしまうと末梢の筋肉を使ってしまいがちになる。(『ロードバイク初・中級テクニック 改訂版』)

ロードバイク
「ロー、いいか。ルールを守るだけでは、事件など解決できない。今の警察は、昔からのやり方を踏襲するだけで、自分の頭を使って捜査できない人間ばかりだ。『捜査員は上官の命令を遵守すべし』は鉄則だが、しかし、覚えておけ! 警察官たるものの真の任務は、市民を守ることだ。ならば、もし警察内部の硬直化した制度によって無辜(むこ)の市民に害が及んだり、公正が脅かされるようなことがあるなら、我々にはそれに背く正当性があるはずだ、わかるな」(『13・67』陳浩基〈チン・コウキ〉:天野健太郎訳)
 手が痺れ、首が疲れ、肩が凝る。1つでも該当するなら、あなたのロードバイクはハンドル回りを見直す必要がある。ハンドルにまつわるセッティングは主に距離、高さ、角度の3つ。初級者に多いのは、納車されたまま乗っていて、ハンドルが高すぎるパターンだ。そのセッティングは荷重がサドル寄りになり、お尻が痛くなる原因にもなる。(『Tarzan 2016年6月9日号 最強のフィットネスマシン! LOVE・自転車』)

自転車
 アインシュタインの「神はさいころを振らない」という有名な言葉は、このホテルで口にされた。ボーアの反応は、世の掟を定めるのは科学の負うべき役目ではないという科学者たちの大いなる挫折感を、正面から見据えたものだった。「アインシュタインよ、神ななさることに注文をつけるな」とボーアは言い放った。
 ふたりとも、この論争に満足な決着を見ないまま世を去った。
(『まだ科学で解けない13の謎』マイケル・ブルックス:楡井浩一訳)
 私にも多少意外だけれども、彼について書くべきことは大体つきてしまった。サーバーはあいかわらず、といっても近頃はますます、歩き方ものろくなり、手紙の返事も書かなくなったり、小さい物音にもビクつくようになった。過去10年間、彼はコネティカット州の町から町へと落ちつきなく移り歩き安住の地を求めてさまよっている。枯野希望は、古い植民地時代の建物で、ニレとカエデに取りかこまれ、モダンな住宅設備が一切完備し、谷を見おろす場所である。そこで彼は毎日を、『ハックルベリ・フィンの冒険』を読み、プードル犬を飼い、地下室にブドウ酒をたくわえ、ルーレットをして遊び、気まぐれな中年期までなんとかつき合いをともにしてきた少数の友人たちと雑談をして暮らしたいと企んでいる。(『虹をつかむ男』ジェイムズ・サーバー:鳴海四郎訳)
 私たちの心は、海に似ているではありませんか。それは、さまざまのものを中に蔵して測りがたい深みをもった、さだかならぬ塊です。蒼く不断にゆれて、潮騒(しおざい)の音をたてています。夜に、昼に、あらあらしく嘆いたりやさしく歌ったりしています。しかし、その底に何がひそんでいるのかは、自分にもよく分りません。その潮騒にじっと耳を傾けてききいると、その深みからつたわってくるのは、われらの胸の鼓動のひびきばかりです……。(『精神のあとをたずねて竹山道雄
 布教インペリアリズムは、不幸な異教徒を力をもって改宗させて救おうとする、人道的な使命感にもなった。自分の文明をおしつけることが、義務だった。日本にきて開国を強要したアメリカ人も、そう考えていた。いまのフランス人のアフリカに対する意見をきくと、この考えがいかに根深いかにおどろかされる。
 説教する人道的な征服者――われわれは、被占領中に、マッカーサー元帥にその俤を感じたものだったが……。
(『剣と十字架 ドイツの旅より竹山道雄
 自転車のサドルなどパーツが輪行袋から出ているというのもルール違反だ。規定の大きさ内で、自転車の一部が露出していないことというのも鉄道会社のルールとなっている。(『ロードバイクツーリング 完全ガイド』バイシクルクラブ編集部編)

ロードバイク
 ところが夜中に彼は、絶叫をあげて立ちあがって半ば醒めた。おそろしい夢を見たのだった。
 夢は、夢のようにはかなく消えて無くなるものだが、この夜の夢はキアラがくりかえしくりかえし考えてみたので、隅々まではっきりと残った。彼が幼いころにスペインで見たヒエロニモス・ボッシュの絵のようにあざやかだった。黙示録に記してある光景のようにすさまじかった。
 彼は夢みた。――ほぼ300年後に、物質をエネルギーに転化するという、デウスの創造の秩序を根底から破壊することが行われる。キリスト教はそれに対して無力である。ただ祈っているだけである。むしろ、それを発明した者共を、何か秘蹟を実現してみせた者として讃美する。デウスの力はかくのごとく合理的には判断できないものであると……。
(『みじかい命竹山道雄
 基本フォームを作る上でのポイントは、肩甲骨を開くこと。(『いちばんやさしいロードバイク メンテナンス&乗り方完全ガイド 専門店のプロが教える快適なライディング・メンテナンスのコツ・最適なチューンナップ』満生文洋〈みついき・ふみひろ〉監修)

ロードバイク
 フロー状態では、目の前の作業への集中が高まり、それ以外のことはどこかに行ってしまう。行為と意識がひとつになる。時間が飛ぶように過ぎる。自己意識が消え去る。そしてパフォーマンスは天井知らずに高まる。
 この経験が「フロー」と呼ばれるのは、その最中には流れ(フロー)のような感覚を経験するからだ。フロー状態にあると、ひとつの行為や決断が、次の行為や決断へと、やすやすと流れるように切れ目なくつながっていく。フローにある人は、ものすごい勢いで問題解決をおこないつつ、極限のパフォーマンスの川に押し流されていくのだ。
(『超人の秘密 エクストリームスポーツとフロー体験』スティーヴン・コトラー:熊谷玲美訳)
 台所の流し台の前に、母はいた。
「お茶だよ。マーの分も淹(い)れたからね」
 丸盆に二つの湯呑(ゆの)みを載せ、母は私の横を過ぎていく。私は流し台の周囲に視線をめぐらせ、何も問題がないことを確認してから座敷に戻った。
「お父さんの分も淹れようと思ったんだけど、あの人、いないんだよ。出かけたのかね」
「さあ。便所だろ」
 父は30年も前に自殺していた。
 そのことで、警察が何度もここへ話を訊(き)きに来たことも、母はきっともう忘れているのだろう。
(『光媒の花』道尾秀介)
 加村一馬さん、57歳。昭和21年8月31日、群馬県の大間々町で生まれた。8人きょうだいの4男坊だった。両親のたび重なる折檻に耐え切れず、13歳で家出をし、後を追ってきた飼い犬のシロと足尾鉱山で獣や山菜を採って空腹を満たしながら生きる生活を選んだ。以来43年間、栃木、新潟、福島、群馬、山梨の山中などを転々としてきた。人里離れた山の洞窟で、ときには川っぺりで、ときには町でホームレスをしながら人とかかわることを避けて生き抜いてきた。(『洞窟オジさん』加村一馬〈かむら・かずま〉)
 公明党が調査・研究費を毎年支出し続けている謎の調査会社がある。東京都新宿区の「JTC」なる会社がそれだ。ただ、政治資金収支報告書から分かるのはそれくらいで、インターネット上にホームページは見当たらず、「104」に訊いても電話番号が分からない。支出が始まったのは2006年7月28日。多い年には総額7463万円余りにも上る。それまで数百万円程度だった公明党の調査・研究費はJTVとの取引開始で激増した。(高橋篤史)『池田大作と暴力団西岡研介、乙骨正生〈おっこつ・まさお〉、森功、山田直樹、他

創価学会
 距離に対する制限時間は次の通り。

・200km:13.5時間
・300km:20時間
・400km:27時間
・600km:40時間
・1000km:75時間
・1200km:90時間

(『ブルベのすべて』鈴木裕和)

自転車
 その昔ツール・ド・フランスは、約2500キロを6ステージで走ったという。コースは未舗装がほとんどで、自転車が壊れても自分で修理しないとペナルティを取られた。レースは徹夜で行なわれ、変速機も禁止だった。1日400キロ以上の道のりは、トップの選手でさえ15時間以上かかり、平均速度こそ違うが、その過酷さは想像しがたい。しかし、この信じがたい距離を信じがたい状況で走り切ることを実現させたのは自転車なのだ。その情熱は時代を超えて語り継がれ、より遠くへ、より速く走るために生まれたのがロードバイクだ。(『ロードバイクの科学 明解にして実用! そうだったのか!理屈がわかれば、ロードバイクはさらに面白い』ふじいのりあき)
 好きなタイプの男だ。服に頓着していない。体裁にこだわりすぎる連中は野心家に見えるが、空疎でもある。その男は話すとき、迫りくるものを見きわめようとするかのような遠い目をする。(『容疑者マイケル・ロボサム:越前敏弥〈えちぜん・としや〉訳)
 よし、つづけよう。15、18、21。
 速くてもよいところは速く、100万分の1インチ刻みで知りたいところはゆっくりと、ダイヤルをまわしていく。後ろでマンハッタンがそわそわと体を動かす気配がする。ぼくが片手をあげると、また静かになった。
 24。27。そう。ここだ。
 どうしてわかるかって?
 わかるからわかる。短いときは短い。ただそう感じる。
 実のところ、感覚を超えた何かかもしれない。硬い金属の小片が前回よりも髪の毛ひと筋ぶんだけ早く切れこみの部分にふれると、ぼくはそれを感じ、聞き、心で見ることができる。
(『解錠師』スティーヴ・ハミルトン:越前敏弥〈えちぜん・としや〉訳)
 ここで、はっきりいえることは、【場】、すなわち会社とか大学とかいう【枠】が、社会的に集団構成、集団認識に大きな役割をもっているということであって、個人のもつ資格自体は第二の問題となってくるということである。
 この集団認識のあり方は、日本人が自分の属する職場、会社とか官庁、学校などを「ウチの」、相手のそれを「オタクの」などという表現を使うことにもあらわれている。
(『タテ社会の人間関係』中根千枝〈なかね・ちえ〉)
 イマジネーションというのは、女の子の空想のことではない。アイディアとは、便所の中で思いつくというような、無責任なものではない。「死中に活を得る」、状況の変化に応じて飛躍と転換ができる精神能力のことである。(『勝者の条件会田雄次〈あいだ・ゆうじ〉)
 憲法学者は、日本社会において絶大な権力を誇っている。憲法学者の書いた基本書を信奉するのでなければ、司法試験に受からない。それどころか公務員試験ですら通らない。学界のみならず、法曹界、官僚機構、そして政界にも絶大な影響力を誇るのが憲法学者である。
 しかもその憲法学者たちのコミュニティは、他の学科と比べても際立って東大法学部を頂点とするピラミッド型の権力構造が顕著だ。たとえば2015年安保法制をめぐっては、多くの国際政治学者や国際法学者が合憲と考えた。その一方で、多数の憲法学者が違憲論を展開したが、中心的な役割を担ったのは東大法学部出身の憲法学者たちであった。違憲とは言えない、という立場をとった少数の憲法学者は、ことごとく非東大系の憲法学者であった。
(『ほんとうの憲法 戦後日本憲法学批判』篠田英朗〈しのだ・ひであき〉)
 どれほど巨万の富を築いても「歴史」を買うことはできない。つまり、「歴史」は価値なのだ。その歴史が育むものが「文化や伝統」である。【希少性こそが最も価値を創造する要素であり、唯一無二には高いバリューがある。】
 現在、世界に王室は27しかない。
 その中で一番古い君主こそが日本の天皇である。日本はキングではなくエンペラーを持つ唯一の国。
(『アンダー・プロトコル 政財暴一体で600億円稼いだ男の錬金哲学渡邉哲也監修、猫組長)
 現代人に“なんば”を教えようとしたときに、もっともスムーズに覚えてもらう方法は、下駄を履き、腕を組んで歩かせることです。下駄をお持ちのかたはぜひやってみてください。自然とつま先着地になり、小股で肩を振って歩く感じになります。反面、腰の位置は上下動せず、水平に移動します。このときに、下駄の前の歯から前の縁へと体重が移動し、カタンと音が出ます。これを“下駄の返り”といいます。これが下駄の真骨頂です。つまり、下駄の返りを利用することで、オートマティックにつぎからつぎへと足が出てきます。こうなると、もはや“中臀筋”と“腸腰筋”といった“インナーマッスル”だけで歩くことが可能になります。「下駄は長歩きのための履物」といわれる所以です。(『オトナになってからロードバイクをはじめた人が速く走れるようになるために攻略すべき3つの局面』エンゾ早川)
 じゃあ、どうするか。整備をきっちりやるしかない。基本的に納車されたばかりなら、走っている最中にブレーキが外れたり、ハンドルがズレるようなことはない。でも、定期的にメンテナンスをしなければ、ブレーキパッドは焼き付きを起こして制動力が落ち、インナーワイヤーが伸びて変速が甘くなる。タイヤのトレッドは紫外線でひぎ割れ、チェーンも摩耗する。どんなに大事にしていても自転車は傷みます。そうしたロードバイクを生き返らせるには、しっかりとしたメンテナンスのできるショップを探して、工賃を払うしかない。(『ロード乗りこなすならもっと業界一の自転車バカに訊け!』菊地武洋)
 トレーニングの結果、心臓肥大が起きてたくさんの血液を送り出せるようになり、脈拍は少なくなる。1990年代にツール・ド・フランスで5連勝したスペインのインデュライン選手の脈拍は30以下だったので有名だ。(『大人のための自転車入門』丹羽隆志、中村博司)

自転車
 そもそも車検を通すだけで何十万円もかかるという。それなら自転車を買ったほうがずっとマシだ。いざとなればレンタカーだってある。第一、横浜という電車やバスの交通網が整備されている都市で、クルマは必需品ではないだろう。
 何よりクルマを使わないという生活スタイルは、「自転車乗り」としては説得力がある。
 そんなわけで、クルマを売ってしまったのだ。08年の11月、本格的に自転車を始めて4年目のことだった。
(『気がつけば100km走ってた 二代目自転車名人鶴見辰吾の自転車本』鶴見辰吾)
【金は金利を生まない。】
 この主張は正しい。そして、これは金を【擁護】するもっとも強力な主張のひとつである。
 金は金利やリターンを生まない。生むことになっていないからだ。金は貨幣であり、貨幣はリスクがないので金利を生まない。貨幣は巷間手段や価値の貯蔵手段や価値の尺度になりうるが、真の貨幣はリスク資産【ではない】。
 単純だがわかりにくいこの点を説明するために、1ドル紙幣を例にとってみよう。1ドル札は貨幣か? イエス。1ドル札は金利を生むか? ノー。
 その1ドル札を銀行に預ければ金利が生まれる。だが、その場合、それはもう貨幣ではない。銀行預金である(FRBは銀行預金を「マネーサプライ」に含まれるとしている。それはFRBがその特異な貨幣幻想を支えることを業務としているからだ)。
 銀行預金は貨幣ではない。それは銀行の無担保の負債である。
(『金価格は6倍になる いますぐ金(ゴールド)を買いなさいジェームズ・リカーズ:藤井清美訳)
甲野●その点、昔よりは改良されてきているようですが、現代の筋力トレーニングは、まだまだ部分的な筋肉に負荷をかけるトレーニングに時間を割いているようですね。
 そして、なまじ部分の筋力が強くなってしまうと、それに頼りますから、骨格を基盤として発揮される力がどういうものかが、どんどん分からなくなってきてしまいますね。
(『ヒモトレ革命 繫がるカラダ動けるカラダ小関勲〈こせき・いさお〉、甲野善紀
「最初にクラッチを切って、駆動が切れたら急いで、力まかせに、突き当たりまでレバーを動かす。そういう操作だと、回転の同調がちゃんと済んでいないうちに無理やり次のギアへ入れてしまう可能性があります」
――で、ガリッと音が出たりして。
「ということは、ギアボックスの内部機構に無用な負担をかける運転になりがちです」
(『四輪の書國政久郎〈くにまつ・ひさお〉、森慶太)
 畜生にも劣る苦しい生活に耐え、心の葛藤と戦いながら月日は流れたが、待望の友軍は再び私たちの前には姿を現わさなかった。潜在する友軍も敵中のこととて連絡の手段もなく、目途空しく病魔に斃れたか、あるいは敵の捜索の目を逃れ得なかったか、その後、何ら消息を得ることもできず、昭和29年9*月、私たちはオランダ官憲の手に収容され、はじめて祖国の敗戦を知った。(『私は魔境に生きた 終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年』島田覚夫〈しまだ・かくお〉)

小野田寛郎
 私たちの心は、海に似ているのではありませんか。さまざまのものを中に蔵して、測りがたい深みをもった、さだかならぬ塊です。それは蒼く不断にゆれて、潮騒の音をたてています。夜に、昼に、あらあらしく嘆いたりやさしく歌ったりしています。しかし、その底に何がひそんでいるのかは自分にもよく分かりません。その潮騒にじっと耳を傾けてききいると、その深みからつたわってくるのは、われらの胸の鼓動のひびきばかりです……。
 ただ、こうした心の海からは、ときどき思いもかけぬものが漂って浮びあがってきます。
(『竹山道雄セレクション IV 主役としての近代竹山道雄平川祐弘編)
「だがな、現行の民主主義だって完全じゃない。多数決の原理っていうのは、49人の不幸の上に51人の幸福を築き上げるシステムなのさ」(『グレイヴディッガー高野和明
 わたしからすれば、彼らはなにかを――なんでもいいから――創造しようとしてみるべきなのだ。そうしたら、こちらも、彼らの意見に耳を傾けよう。創造しない人々が、創造的な人々の作品を評価するのが間違っているのだ。無からなにかを作りだすこと、なにかをつなぎ合わせて、この世にないまったく新しいものを作り上げること、それこそが尊敬されるべき、困難な仕事なのだ。(『チベットの薔薇』ライオネル・デヴィッドスン:小田川佳子〈おだがわ・よしこ〉訳)
 北国、津軽地方で生まれた「こぎん刺し」は、布の補強と保温を兼ねた、はたらく刺しゅうです。(『暮しの手帖 2012年4-5月号』)
 三菱UFJ銀行の話に戻すと、同行がこのような思い切った行動(※国債市場特別参加者〈プライマリーディーラー〉の資格返上)に出たのは、国債の利回りがあまりにも低いことに嫌気がさしたと思われるが、他行ならば財務省や日銀に気兼ねして腰が引ける。後で意趣返しをされる可能性もなくはないからだ。
 なぜ三菱UFJ銀行はそうした芸当ができるのか。その理由は三菱グループが米ロックフェラー・グループに非常に近いことにあるのではないだろうか。要は、三菱UFJ銀行だけは別格扱いなのである。
(『円消滅! 第二の金融敗戦で日本は生き残れない大井幸子〈おおい・さちこ〉)
片桐●【日清戦争の賠償金は、清から日本に帳簿上、形だけ支払われ、さらに日本から英国(イングランド銀行)へ動いたということにして、実際は英国資本から戦艦三笠の建造などに携わった英国産業へカネが動いていた】わけです。(中略)つまり、【日清戦争というイベントで発生した戦費や賠償金の大半が英国の銀行間で行き来しただけで、動いたカネを日本と清が背負い、その後、そのことに縛られていくということ】なのです。(『この国を縛り続ける金融・戦争・契約の正体 奇妙な対米属国「日本」の真実大井幸子〈おおい・さちこ〉、片桐勇治)
 そもそも、スズキという会社は分かりやすい会社である。
 彼らのクルマは、国内市場オンリーの軽自動車などでは、あっと驚くほどの見切りを敢行してコストダウンを図る。その見切りはトヨタなぞ歯牙にもかけぬほどきっぱり割り切ったそれで、おれなぞは恐れ入ったついでに、呆れ半分でコストタウンの芸術品と呼んでしまうくらいだ。
(『午前零時の自動車評論 1沢村慎太朗
 その発酵菌の大きさは、なんと1mmの1000分の1(1μm:マイクロメートル)や1万分の1(0.1μm)という、とっても小さいものですが、そんな小さなからだをしていても、自分でエサを探し出し、それを食べて人間と同じように消化吸収し、何と自分の子どもまでつくり出すのですからおどろきです。そして、とってもさまざまな味やにおい、栄養素までつくり出してくれるのですから、これまたびっくりです。(『おどろえきの栄養パワー 発酵食品の大研究 みそ、しょうゆからパン、チーズまで』小泉武夫監修)
 真剣に経営に取り組もうとするなら、経営に関する数字は、すべていかなる操作も加えられない経営の実態をあらわす唯一の真実を示すものでなければならない。(『稲盛和夫の実学 経営と会計』稲盛和夫)
我が國民には潔いこと、あつさりしたことを好む風がある。櫻の花の一時に咲き一時に散る風情(ふぜい)を喜ぶのがそれであり、古の武士が玉とくだける討死を無上の誉としたのがそれである。日本人ほどあつさりとした色や味はひを好むものはあるまい。あつさりとしたこと、潔いことを好む我が國民は、其の長所として廉(れん)恥を貴び、潔白を重んずる美徳を発揮してゐる。しかし其の半面には、物にあき易く、あきらめ易い性情がひそんではゐないか。堅忍不抜あくまでも初一念を通すねばり強さが缺けてはゐないか。こゝにもまた我々の反省すべき短所があるやうである。我が國民の長所・短所を数へたならば、まだ外にもいろいろあらう。我々は常に其の長所を知つて、之を十分に發揮すると共に、又常に其の短所に注意し、之を補つて大國民たるにそむかぬりつぱな國民とならねばならぬ。
尋常小學 國語読本巻十二終
(『図説・日本人の国民性』林知己夫〈はやし・ちきお〉、西平重喜〈にしひら・しげき〉、鈴木達三〈すずき・たつぞう〉)
 一回一回の株式投資で、利益も出れば損も出るわけですが、回数を重ねていけば、統計学的に収益率は自国の物価上昇率とほぼ同じところに収斂(しゅうれん)します。
 その意味で、私たちが投資に成功するかどうかは、じつは日本経済がどれだけ成長を遂げ、発展するかに大きく左右されていることを忘れてはいけません。
(『今だからこそ、知りたい「仮想通貨」の真実渡邉哲也
「創共協定」はどのような経緯によって締結されたのか。「創共協定」に関して共産党はいくつもの文献を発表し、著作にもしている。「創共協定」の立役者とも評すことができる、作家の松本清張も「『創共協定』経過メモ」を書いているし、当事者の一人であった、共産党の中央委員・文化部長の山下文男は『共・創会談記』を著している。(『「創共協定」とは何だったのか 社会主義と宗教との共振』村岡到〈むらおか・いたる〉)

創価学会
 梅干し、らっきょう、白菜、キムチ……どれも人気のある定番の漬け物です。「手塩」(てしお)にかけるという言葉がるように手間をかけて作ったわが家の漬け物はひと味もふた味も違います。(『きちんとおいしく作れる漬け物』舘野真知子)
 月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(くわかく)にして、行(ゆき)かふ年も又(また)旅人(たびびと)也(なり)。舟の上に生涯(しゃうがい)をうかべ、馬(むま)の口とらへて老(おい)をむかふるものは、日々(ひび)旅にして旅を栖(すみか)とす。古人(こじん)も多く旅に死せるあり。(『おくのほそ道 芭蕉・蕪村・一茶名句集』井本農一、久富哲雄、堀信夫、山下一海、丸山一彦校訂・訳)
 言うまでもなく、1945年のレイプ被害者の正確な数を計算することは決してできることではなかった。一般的には200万人のドイツ人女性が被害にあったと想定されている。この数字はポーランド人女性ばかりではなく、国防軍によって強制労働のためにドイツに連行されていたソビエト女性ならびに少女を除いたものである。しかしベルリンの数値はおそらくドイツ全土でもっとも信頼がおけるもので、二つの主要な病院の報告により、9万5000人から13万人とされている。著者が生活していた中規模なアパート1棟で少なくとも12人程度の女性および少女がレイプされていることを考慮に入れれば、この数値は水増しされたものとは考えにくい。(序文)『ベルリン終戦日記 ある女性の記録』アントニー・ビーヴァー序文、ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー後記:山本浩司〈やまもと・ひろし〉訳
「日本のメーカーがやるべきことは、まず過給ダウンサイジングの土俵に上ること。技術を深めるのはそこからの話じゃ」
 博士がこう話したのは2012年、スバルが投入した新世代水平対向エンジン、FA20DTIを前にしてのことである。(中略)当時から小排気量版の登場を予見していた博士は、「1.6lが本命。はよ乗りたい」と繰り返し語っていた。(『博士のエンジン手帖 3』畑村耕一〈はたむら・こういち〉)
 昭和49年12月28日、創価学会日本共産党との間に、向う10年間を有効期間とする「創価学会と日本共産党との合意についての協定」の調印が行なわれた。世にいうところの「創共協定」である。この立会人は私である。私が池田大作創価学会会長とも、宮本顕治日本共産党委員長とも、個人的に識(し)っているため、この協定にいたるまでの相互の折衝を仲介した。(『作家の手帖松本清張
 辻元(清美)議員の選挙区である大阪府高槻(たかつき)市は、日本赤軍の重信房子(しげのぶふさこ)が潜伏、逮捕された土地だ。(『売国議員』カミカゼじゃあのwww)
 泥のごとできそこないし豆腐投げ怒れる夜のまだ明けざらん(『豆腐屋の四季 ある青春の記録』松下竜一)
 中国での買い付けは、基本的に代行業者を介して行います。慣れてくればメーカーや工場と直接取引を行うこともできますが、【最初は代行業者を経由して注文を行ったほうがよい】でしょう。これにはいくつかの理由があります。
1.アカウントや決済サービスの準備が大変
2.日本へ発送できない出品者が多い
3.個別だと送料が割高になる
4.品質も問題もあるので検品が必要
5.価格交渉をやってもらえる(代行業者による)
(『Amazon個人輸入 はじめる&儲ける超実践テク104』大竹秀明)
 裕一は唖然としていた。死のうとしている人間の心は、生と死の狭間でこんなにも簡単に動揺するものなのか。必死になって、福原にかけてやる言葉をひねり出そうとした。だが、何と言ってやればいいのか。自殺につながる直接の原因は何か。親を騙して進学させてもらった罪悪感か。周りに合わせられない疎外感か。東京暮らしになれない劣等感か。勉強する気も起こらない怠惰な自分への無力感か。
 おそらくそのすべてだ。一つ一つの悩みは小さいのに、全部が複雑に絡み合って福原を死に追いやろうとしている。
(『幽霊人命救助隊高野和明
 まず、一般的な輸入ビジネスの場合、円高の時には旨みがあるが、円安になると旨みがなくなる。しかし、中国の輸入ビジネスには【円高も円安もあまり影響がない】という。
「たとえば、100円ショップで売っているような安いボールペンは、中国で10円くらいで作られたものが日本に入ってきているの。円安になって10円が12円になっても20円になっても、それくらいの違いなら、それほど大きな影響は出ないのよ。もともとの粗利が大きいから」
(『輸入ビジネスがすらすらデキる本 1日1時間で月収100万円!』佐藤大介)
お尻立ちキープ
 たとえばテレビを観ているときに、お尻の仙骨を支点にして両脚を床から浮かせる。上半身は後傾姿勢。そのままバランスを取り続ける。キープの時間で体幹の安定性が試される。
・1分以上キープできる 2点
・30秒以上1分未満キープできる 1点
・キープできても30秒未満 0点
(『Tarzan (ターザン) ファンクショナルトレーニング超入門 2013年7月25日号』)

筋トレ
 端的に言えば、アジア太平洋で戦争を引き起こし、世界を混乱させたのは日本ではなく、ソ連・コミンテルンとルーズヴェルト民主党政権だったのではないか、という視点が(アメリカで)浮上してきているのです。日本からすれば、我々が戦ったのはアメリカのルーズヴェルト民主党政権だったわけですが、そのルーズヴェルト民主党政権はソ連・コミンテルンの工作員たちによって操られていたのではないか、ということです。(『日本は誰と戦ったのか コミンテルンの秘密工作を追求するアメリカ』江崎道朗〈えざき・みちお〉)

ヴェノナ日本近代史
 宗教があれば宗教現象(注:寺院・典礼・信仰集団など)がある。では、宗教現象があれば宗教があるのか、と問われれば、この答えは簡単なようで簡単ではない。
 ある種の宗教現象が認められても既成宗教はそれを宗教と認めないであろうし、ある種の教義(ドグマ)があり、たとえ観光の対象にすぎなくなっても宗教的遺構で何らかの祭儀がおこなわれていれば、たとえ宗教現象が見られなくても、人はそれを宗教的対象と見るからである。
 さらに面倒なことは、宗教を否定しているある種のイデオロギーに基づく運動にも、広い意味の宗教現象が見られるからである。
(『池田大作と日本人の宗教心山本七平

創価学会
 ちなみに日本の自動車メーカーでダントツのシェアを誇っているのはトヨタですが、そのトヨタまでが2008年のリーマンショックのとき、内部留保という余り金でやってたバクチの大損が結構被害甚大だったらしい。
 思えば、ここの会社が得意にしていたのは品質向上および大量生産と、これによる廉価化のノウハウです。バブル以降の20年間にそれをさらに磨き上げて、他社がバブル崩壊で半死半生となって立ち直るのに手間取っているのを尻目に、ぶっちぎりの業績を上げきたわけです。
(『自動車問答沢村慎太朗
 レールから脱線したときに、レールの外を走れることに気がつくのです。そして自分に自信がつけば、沼地でも岩場でも走ろうという意欲が湧いてきます。(『逃げる力百田尚樹
【ガバっと起床する動作が、首(頚椎)と腰(腰椎)に負担】をかけているのです。毎朝、そんなことをしていたら、今は痛みがなくても、いつか痛めることになってしまいます。
 どのような状態で寝ていても、【起床するときにはまずうつ伏せ】になりましょう。そして、うずくまるような態勢を取って、腕をついて起き上がります。こうすると頚椎、腰椎、そして背骨に負荷がかかりにくくなります。赤ちゃんが目覚めて体を起こすときには、うつ伏せから起き上がり、腕をついてハイハイしますね。その動作と同じです。
(『体の痛みが13秒でスーッと消える! すごい整体』上原考一)

ストレッチ
 矢倉沢往還は赤坂御門(江戸)から渋谷、三軒茶屋、二子玉川、溝の口、荏田、長津田、下鶴間、国分、厚木、愛甲などを経て沼津(駿河国)へ至る大山の参詣道。赤坂御門から大山までは約70kmの道のりで、現在、東急田園都市線(三軒茶屋~長津田付近)や小田急線(国分~愛甲付近)が同じようなルートを走る。この街道はとうかいだおうの脇往還として機能し、道中、矢倉沢関所が設けられていたことから矢倉沢往還と命名されたが、江戸時代中期以降、江戸からの参詣客が急増、やがて大山街道と呼ばれるようになった。(『地図で楽しむすごい神奈川』都道府県研究会)
 アメリカは、同盟国群に、「中国が主導するAIIBに参加しないよう」要請(命令)していた。
 ところが、概述のようにイギリスは3月12日、G7諸国ではじめて参加を表明。
 これに、ドイツ、フランス、イタリア、スイス、ルクセンブルク、オーストラリア、韓国などがつづいた。
 これらの国々は、【「アメリカのいうことを聞かなかった」】。
 つまり、【アメリカの覇権(支配)を拒否した】。
 だからこれは、【「アメリカが覇権を喪失した象徴的事件」】なのです。
 そして、アメリカの要求を無視した国々は、【逆に中国のいうことを聞いた】。
 もちろん、これで「中国が覇権国家となった」と考えるのは早計過ぎます。
 しかし、「覇権に近づいた」とはいえます。
(『中国に勝つ日本の大戦略 プーチン流現実主義が日本を救う北野幸伯〈きたの・よしのり〉)
 別れに臨んで蒋(介石)は、根本(博)の手を強く握り、
「東亜の平和は、わが国と日本が手を握ってゆく以外に道はない。あなたはかならず中国へ帰ってくるんだ。そして私と協力しよう」
 と言った。
(『四万人の邦人を救った将軍 軍司令官根本博の深謀』小松茂朗)

日本近代史
 私は爽やかな気分になり、英語を勉強していたことを忘れ、そしてこの選手の言葉(※dedication/献身)が私の生涯の言葉になった。考えてみれば人間は利己的な生物だが、それでいて何かに身を捧げている時が一番、美しく、楽しく、充実している。それは決して自分のために行動している時ではなく、自分が産んだ子供、自分の教え子、科学、美術、そして社会、自分ではない何かに熱中している時が人間を幸福にする。(『武田邦彦の科学的人生論 『武田先生、ホンマでっか!?』武田邦彦
「他人を殺せば死刑になることくらい、小学生だって知ってるよな?」
「ええ」
「重要なのはそれなんだ。罪の内容とそれに対する罰は、あらかじめみんなに伝えられている。ところが死刑になる奴ってのはな、捕まれば死刑になると分かっていながら、敢えてやった連中なのさ。分かるか、この意味が? つまりあいつらは、誰かを殺した段階で、自分自身を死刑台に追い込んでいるんだ。捕まってから泣き叫んだって、もう遅い」南郷は、苛立った口調になった。頬のあたりの筋肉が、心の奥底の憎悪を押し殺そうとするかのように硬く緊張している。「どうしてあんな馬鹿どもが、次から次に出てくるんだろうな? あんな奴らがいなくなれば、制度があろうがなかろうが、死刑は行われなくなるんだ。死刑制度を維持しているのは、国民でも国家でもなく、他人を殺しまくる犯罪者自身なんだ」
(『13階段高野和明
 しりぞくことは死を意味する闘争の世界――それがヨーロッパである。それは同時に与えることが餓死を意味する世界でもある。このような条件下で数千年間鍛えられた人間性が、現在のヨーロッパ人のなかに生きている。いわば彼らは、ヨーロッパの歴史的風土のなかでそれを骨肉化してきたものなのだ。勝負に関し、かれらが私たちには想像外の徹底さと執拗さを持ちつづけているのは当然といわねばならない。(『敗者の条件会田雄次〈あいだ・ゆうじ〉)
 私たちは英軍兵舎の掃除にノックの必要なしといわれたときはどういうことかわからず、日本兵はそこまで信頼されているのかとうぬぼれた。ところがそうではないのだ。ノックされるととんでもない恰好をしているときなど身支度をしてから答えねばならない。捕虜やビルマ人にそんなことをする必要はないからだ。イギリス人は大小の用便中でも私たちが掃除しに入っても平気であった。(『アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界会田雄次〈あいだ・ゆうじ〉)

日本近代史
 訂正はわずか5秒で終わった。
「両国」を「日台双方」に変えただけだ。
 代表処では台湾についてひとつの認識がある。
 それは1972年に日本が台湾と国交を断絶し、中華人民共和国、いわゆる中国と国交を結んだときに発表された日中共同声明に基づくものだ。
 その中で、中国は「台湾はあくまでも中華人民共和国の一地方にすぎず、『国』として扱ってはならない」と主張している。一方、これに対する日本政府の見解は、この「中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重する」ということになっている。
(『アリガト謝謝(シエシエ)』木下諄一〈きのした・じゅんいち〉)
 1862年に至って、ガトリングがクランクで操作する機関銃を発明、すぐに改良がなされ、1分間に200発の連射が可能になった。1884年にはハイラム・マクシムが、いったん引き金を引けば、あとは離すまで全自動(フル・オート)で連射しつづける高性能の機関銃を発表。1892年、アメリカでウイリアム・ブラウニングが独自の全自動式銃を改良したが、これは銃身のガス圧で作動するものだった。これらの機関銃はいずれも設計がよく、比較的大量生産向きで、実戦にも十分耐えうる代物だった。そのうえ火力の口上も驚異的だった。ガトリングは自分の機関銃をこう紹介している。「他の火気に比べれば、この期間銃は、鎌に代わるマコーマックの刈り取り機、単なる縫い針に代わるミシンに匹敵する」。(『機関銃の社会史』ジョン・エリス:越智道雄〈おち・みちお〉訳)
竹山道雄●それから、戦争に負けたときは、非常なショックだった。私はそれを思い出すたびに一種の感慨を持つんですけれども、和辻先生という方は古今東西に通じる大学者であったし、人間もりっぱな方で、一時の流行に従ってものを考えたりいったりすることは絶対になかった。その和辻先生でさえ、戦後、この敗戦は、日本歴史全体が間違ってたから、日本文化そのものの責任であるといったような考え方をされた。『鎖国』という本は、りっぱな研究だと思いますが、あれの前後にワクがついている。つまり徳川氏が精神的怯懦のゆえに、積極的に外へ進み出ないで、中へひっ込んでしまった。その計算書をいまわれわれは突きつけられているのである、ということが書いてあります。私はそういうふうに解することはできない。日本人の原罪のせいだというふうに解するのはおかしいと思うんです。(『石田英一郎対談集 文化とヒューマニズム』石田英一郎)
 軽トラックとは、こんな自動車である。
 それは普通に走る。そう言うと凡庸なクルマだと蔑んでいるように捉えられるかもしれない。だが現代において、普通に走ってくれる自動車は稀なる存在なのだ。自動車雑誌を飾る新型車の多くは、眩しいブランドと目を剥くような値札を掲げる輸入車を含めて、TVのバラエティ番組で騒ぐ若手芸人や自称アイドルのように姦しく浅薄な自己主張をするだけで、その実、落ち着いて真っ直ぐ走ることも叶わないおかしな機械ばかりになってしまった。確かな機械への信頼感とともにその辺の道を穏やかに走ろうとしても、情緒不安定な思春期の中学生の如くこれを拒むクルマのいかに多いことか。そんなときに軽トラックに乗ると思う。ああ、自動車とはこういうものでいいのだ、本来こういうものであるべきなのだ、と。
(『軽トラの本沢村慎太朗
 ピカソは、他の著名親ソ知識人同様、知ってか知らずか、「監督」スターリンの振り付けに忠実に従う「スター俳優」であった。第二次大戦中パリに住んでいたピカソは、連合軍によるパリ解放後、フランス共産党に入党し、1950年にスターリン平和賞を受賞、スターリン批判後、同賞がレーニン平和賞と改称された後の1962年にも、再度受賞した。(『日本人が知らない最先端の「世界史」2 覆される14の定説福井義高
 私は戦後10年に次のように記した。
 ――人間はナマの現実の中に生きているのではなくて、彼が思い浮かべた現実像の中に生きている。もし彼がはげしい要求をもっていると、彼はこの現実像をただ要求にしたがって構成して、それをナマの現実とつき合せて検討することを忘れてしまう。かくて、いわば「第二現実」とでもいったようなものが成立する。これは映画に似ている。すなわち、ある特定の立場から材料を取捨選択(しゅしゃせんたく)してモンタージュしてでき上ったものであり、現実を写しながら現実とは別なものである。この映画は、それ自身の中に因果(いんが)の法則をもち、筋書(すじがき)をもち、昂奮(こうふん)させ陶酔(とうすい)させる。……進歩主義的世界像も「第二現実」というタイトルをもった映画である(「昭和の精神史――主観をもった主体」)。
(『歴史的意識について竹山道雄
 でも、「逃げる自由」は誰にでもある。逃げたほうがいいときだってある。(『逃げる自由為末大〈ためすえ・だい〉)
 パワステやパワーブレーキはもちろんのこと、もっと込み入った制御がいまはアタリマエについている。そうした装置というか装備というか、新しいものをつけたら「こんなことができる」。いままでなかったなにかがくわわる。一見プラスのようでいて、道具としての扱いやすさからすると、実はマイナスになっている。新しい装置や制御を追加したことで発生するそのマイナスをいかに減らすか。出さないか。考えかたとしてはそっち方向でいくべきである。EPSだから、あるいはこれこれいう制御があるから、その都合でしょうがない。作る側や売る側のいいわけは聞きたくない。(『営業バンが高速道路をぶっ飛ばせる理由2 逆説自動車進化論國政久郎〈くにまさ・ひさお〉)
 まず真っ先にインプットしておきたいのが、関節や体勢を固定(ロック)しない=「ノンロック」の動き。簡単いいえば、【ひじやひざを完全に伸ばしきったり曲げきったりしない】、いわば中途半端な姿勢で動作を続けるということです。
 たとえばスクワットなら、ひざを伸ばしきって完全に立ち上がる前にしゃがみはじめ、完全にしゃがみ込む前に立ち上がることをくり返します。
(『スロトレ完全版 DVDレッスンつき』)
キャベツとおかかのサラダ

材料 キャベツ1/2玉
A かつお節…がっしりふた掴みほど
  ごま油…小さじ2
  マヨネーズ、めんつゆ…各大さじ1
  しょうゆ…小さじ1/2

作り方
1 キャベツをざっくりと食べやすい大きさにちぎる。
2 1を耐熱ボウルに入れ、ふんわりラップをかけて電子レンジで6分30秒加熱する。
3 2にAを加え、混ぜたら完成。

(『珍獣ママの絶品ズボラごはん。』後藤麻衣子)

レシピ本
 さて、アクセンチュア(※コンサルティング会社)の企画書で非常に興味深いのは、「広宣事業」の改革について示された部分だ。そこにはもはや仏教用語はかけらも見られず、日蓮仏法は影すらない。「会の価値」として中心に置かれているのは「三代会長の思想・行動」だけである。それを「不変の原理」として様々なコンテンツや経路で学会員や社会に伝えるべく、資料を収集し歴史を編纂(へんさん)するためのアーカイブ事業を打ち立てることが、企画書における目玉の一つでもあった。つまりはそれが現代における広宣流布というわけである。(『創価学会秘史高橋篤史

創価学会
 しかはあれど、ツァラトストラは孤りとなったときに、自らの胸に言ったのである。
「ありうべからざることではないか! かの老いたる聖者は森の中にあって、いまだついに耳にしたことがないのである、――神は死んだ!、と。」――
(『ツァラトストラかく語りきニーチェ竹山道雄訳)
「包丁でいうと、いまどんなものを切っているか手応えでわからない包丁は、あまりないですよね。あるいは、切るものに刃が当たっているそのところでなにが起きているかがわからない包丁は」
――はい。
「では、それと同じぐらい、クルマというのは人間にとって扱いやすい道具になっているでしょうか。たとえば、いまの速度がどれぐらいか、メーターを見なくてもちゃんと把握できるか。あるいは、いま走っている路面がどのぐらい滑りやすいのかが、滑る前にわかるかどうか。そういう、ほしい情報が感覚で得られるかどうか。それだけの、いわば触感がちゃんと備わっているか」
(『営業バンが高速道路をぶっ飛ばせる理由國政久郎〈くにまつ・ひさお〉、森慶太)
 古代エジプト人はギザの大ピラミッドの建設資材の運搬のために巨大な石の重量に耐える石畳(いしだたみ)の道を整備しました。古代中国では紀元前1100年代頃に大規模な街道を一部石畳で整備し、その後全長を4万kmまで伸ばしたといわれています。インカ人は伝令たちが使う街道をアンデス山脈に張り巡らせ、マヤ人たちもヨーロッパ人による新世界発見より前にメキシコで石畳の道路網を整備しました。古代の道路整備は軍事的な意図も強く、「すべての道はローマに通ず」と言われた古代ローマ帝国の道路は領土の拡大と繁栄に貢献しましたが、その維持補修費は道路を造れば造るほど膨れあがり、帝国滅亡の原因にもなりました。(『道路が一番わかる』窪田陽一監修)
 アメリカにとって日本人が犯した最大の罪は、アジア主義の旗を掲げて、有色民族に誇りをいだかせることによって、白人の誇りを貶(おとし)めたことだった。
 極東国際軍事裁判は、なによりも日本が白人上位の秩序にって安定していた、世界の現状を壊した。「驕慢(きょうまん)な民族主義」を大罪として、裁いた。
 事実、日本は白人の既得権益を壊して、白人から見ておぞましい成功を収めた。
(『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン:加瀬英明監修、藤田裕行訳)

人種差別日本近代史
 竹山道雄は児童文学の作者である以上に戦後論壇では一大知識人として群を抜く存在感があった。
 そんな竹山は左翼陣営からは「危険な思想家」とレッテルを貼られたが、その立場ははっきりしていた。語の根源的な意味における自由主義である。1936(昭和11)年の二・二六事件の後に軍部批判の文章を書くという反軍国主義であり、1940(昭和11)年にナチス・ドイツの非人間性を『思想』誌上で弾劾(だんがい)し、そしてそれと同じように敗戦後は、反米共産主義、反人民主義で一貫した。戦前戦後を通してその反専制主義の立場を変えることはなく、本人にゆらぎはなかった。日本の軍部も、ドイツのヒトラーのナチズムも、ソ連や東ドイツの共産主義体制も、中国のそれも批判した。
(『戦後の精神史平川祐弘
 なぜ、細木数子の占いや江原啓之のスピリチュアル・カウンセリングが流行るのか。不安定化した社会に多くの人びとが閉塞感を抱き、過重なストレスに対処しきれず癒しを求める先にスピリチュアリティ・ブームがあるのではないか。スピリチュアリティ研究がいうように、衣食足りて礼節を知るという具合に、自己の確立をめざす成熟社会化の兆しがスピリチュアリティ・霊性文化への再評価となっているのではないと思われる。このような社会的背景を考えたときに、スピリチュアリティが宗教の未来形になるとか、宗教文化の隘路を切り開くといった議論は、木だけ見て森を見ない議論になるのではないかと危惧してしまう。(『カルトとスピリチュアリティ 現代日本における「救い」と「癒し」のゆくえ櫻井義秀
 意味を見出そうと一生懸命考えていくと最後には意味なんてなんにもないんじゃないかと思うようになった。人生は舞台の上で、僕は幻を見ている。人生は暇つぶしだと思ってから、急に自分が軽くなって、新しいことをどんどん始められるようになった。(『諦める力 勝てないのは努力が足りないからじゃない為末大〈ためすえ・だい〉)
【大根のから揚げ】
材料(2人分)
大根…1/2本
A 白だし…80ml、水1l
片栗粉、揚げ油、塩…各適量

1 大根は皮をむき3cm角に切ってフライパンに入れ、Aを加えてフタをし、中火にかける。沸騰したら弱火にして1時間煮て、そのまま冷ます。
2 1の水気をきり、片栗粉を厚めにまぶす。
3 時間をおかず、180℃の揚げ油で転がしながらキツネ色になるまで揚げて油をきり、塩をふって器に盛る。

(『お手軽食材で失敗知らず! やみつきバズレシピ』リュウジ)

レシピ本
「文明とか人間性とかいうものは、これまで通念となっていたものとは、よほど違ったものではないのだろうか。それであのような不可解なことが起ったのではないだろうか?」――私はしばしばこういう疑念をもつ。
 あのような不可解なことというのは、ナチスによるユダヤ人殺戮である。これは言語に絶する残虐行為だった。現代には、このほかにもソ連の裁判や中共の洗脳のようなことがあり、いずれも非人間的な非合理的な、むかしからの文明の概念を覆すような現象である。後世になったら、おそらくこれが20世紀中葉の人間のあり方の一つの特色だったとされるだろう。
(『西洋一神教の世界 竹山道雄セレクションII竹山道雄平川祐弘編)
 私はよく思います。――いま新聞や雑誌をよむと、おどろくほかはない。多くの人が他人をののしり責めていばっています。「あいつが悪かったのだ。それでこんなことになったのだ」といってごうまんにえらがって、まるで勝った国のようです。ところが、こういうことをいっている人の多くは、戦争中はあんまり立派ではありませんでした。それが今はそういうことをいって、それで人よりもぜいたくな暮らしなどをしています。ところが、あの古参兵のような人はいつも同じことです。いつも黙々として働いています。その黙々としているのがいけないと、えらがっている人たちがいうのですけれども、そのときどきの自分の利益になることをわめきちらしているよりは、よほど立派です。どんなに世の中が乱脈になったように見えても、このように人目につかないところで黙々と働いている人はいます。こういう人こそ、本当の国民なのではないでしょうか? こういう人の数が多ければ国は興(おこ)り、それがすくなければ立ち直ることはできないのではないでしょうか?(『ビルマの竪琴竹山道雄
「ひとりの人間がこれほどの不運とこれほどの幸運を経験できるものなのね」デジレーは言った。(『生か、死かマイケル・ロボサム:越前敏弥〈えちぜん・としや〉訳)
「ポールの根性は見上げたものだぜ。連中全員の根性を足したってかなわないだろう」(『ガラスの鍵』ダシール・ハメット:池田真紀子訳)
 それまでは、兵士が優秀であることと、戦域でその兵士の身に起きることには、なんらかのつながりがあると確信していた。しかし、スネルがそんなふうに殺されるのを見て、私は戦争についての基本的な真実を悟った。なにもかも完璧に調整している兵士でも、悲運に見舞われることがある――それもしばしばそうなる。(『レッド・プラトーン 14時間の死闘』クリントン・ロメシャ:伏見威蕃〈ふしみ・いわん〉訳)
 じつは、事故にあいやすい色とあいにくい色があるといわれているのだ。ニュージーランドのオークランド大学やアメリカのミズーリ大学の調査報告によると、車の色によって事故率が大きく異なるという。
 事故にあいにくいのは「白」や「シルバー」。白系の色は光の反射性が高い。そのため、他車から見やすく、事故率が低いのではないかと考えられている。
「黒」も事故率が低い。黒には高級感があり、乗っている人もそれ相応の人物だというイメージがあるからか、他車のドライバーが緊張感を持ち、意識を高めて運転するからではないかと推測されている。
 逆に事故率が高いのが「青」、そして「赤」や「橙」「黄色」などの派手な色。(中略)寒色系の車は暖色系に比べて後退して見えるという特徴がある。車間距離が実際より遠く感じられて、事故が起きている可能性があるのだ。(中略)
「赤」や「橙」「黄色」などの色、特に赤を好む人は攻撃的な性格の人が多いとされる。(『眠れないほど面白い 「道路」の不思議 路線、地図、渋滞、取締り……』博学面白倶楽部)
 時代を決定し形成するのは、つねに活動的な少数である。赤や青年将校がそれをした。一般国民は左にも右にも過激派ではなく、社会の変化に対しては無色で、ただ受動的だった。それは表面の波の下の深い層として、たとえ封建的な性格をもっていたにしたところで、主動(ママ)的に歴史のあたらしい方向をきめたことはなかった。(『見て,感じて,考える竹山道雄
 その際、かき消された戦勝国としての連合国の存在と、占領軍としてのアメリカ合衆国の存在は、日本の憲法体系からは隠されたままとなった。むしろアメリカの存在について語ること自体がタブー視され、憲法外の議論であるばかりか、違憲であるとさえ言われるようになった。実態として日本の国家体制の根幹を形成するものとして確立された日米安全保障条約は、しかしそのまま憲法の枠の外に存在するものとされた。憲法体制と安保体制という二つの国家体制の柱が、お互いを十分に意識しつつ、相互に無視しあうような「表」と「裏」の関係を形成する状態が生まれた。(『集団的自衛権の思想史 憲法九条と日米安保篠田英朗〈しのだ・ひであき〉)
 当用漢字は世間で考へられてゐる様に、仮名文字論者やローマ字論者の手によつて提案され実施されたのではない。当時の国語審議会委員の大部分は保守派の国語学者、国文学者だつたのです。彼等は、国字をローマ字化した方がよいと考へてゐたアメリカの教育使節団の勧奨に遭つて、そんな事になつたら大変だといふ憂国の情から、当用漢字を制定し、それを防波堤として、それ以上の漢字追放を阻止しようと考へたのです。(『日本を思ふ福田恆存〈ふくだ・つねあり〉)
 週末や連休の各高速道路で発生する渋滞は、その6割以上が“サグ”を先頭にした自然渋滞です。一見何も障害がないところを先頭に、渋滞が発生するのです。
“サグ”とは、くぼ地のこと。高速道路が、下り坂から上り坂に差し掛かるポイントを言います。かつては、知る人ぞ知る専門用語でしたが、現在は一般常識になりつつあります。
 道路が、ドライバーが気付かないほどゆるやかな上り坂に切り替わると、意識しないうちにスピードが落ち、追いついてしまった後続車がブレーキを踏むなどして急激に速度が低下。その連鎖により渋滞が発生します。
(『高速道路の謎 雑学から知る日本の道路事情』清水草一〈しみず・そういち〉)
 おかゆの旨さに本当に開眼したのは中国においてです。中西医結合によるがん治療をこころざしての初めての訪中が1980年9月。爾来(じらい)、度重なる訪中は100回に達するのではないでしょうか。本場だけあって、中国のおかゆは種類が多いのです。そして、一流ホテルのおかゆが旨い。おかゆの旨さだけでホテルの等級を決めることができそうなくらいです。(『美味しい、おかゆ 元気なときも、調子が悪いときも。体と心が喜ぶ57レシピ』帯津良一〈おびつ・りょういち〉:検見崎聡美〈けんみざき・さとみ〉料理)

レシピ本
 でも、みそ汁は毎日食べたいものだから、ぜひ「本物のみそ」を使ってください。「本物」とは、大豆と塩と麹の原料だけでできた、みそのこと。だしや他の原材料が加わっていない、無添加のみそを選びましょう。(『みそ汁はおかずです』瀬尾幸子〈せお・ゆきこ〉)
 無水鍋を使うと「料理って、こんなに簡単だったかしら?」と思うくらいに、早く楽に調理ができます。
 炊く、煮る、蒸す、焼くのはもちろん、オーブン代りにもなって、ふたも鍋として使えるという一器多様性。
 すべてアルミ製でつなぎ目のない単純明快な作り。その上頑丈で、壊れることがいっさいありません。
 余分なものがついてないということは、手入れも簡単です。
 食材自身の水分を充分に生かして加熱するので、うまみも凝縮。
 こんなに無駄がなくて潔い鍋は、ありそうでなかなかないものです。
(『無水鍋で料理する』有元葉子)
 ねぎは切ってから約15分おくのがコツ。空気に触れると辛み成分のイオウ化合物がアリシンに変化し、血液をサラサラにする作用が強くなります。(『石原結實のいいことずくめ ねぎ決定版石原結實〈いしはら・ゆうみ〉、牧野直子)
鶏肉とカシューナッツいため:揚げた鶏肉に甘ずっぱい味がよくからみ、カシューナッツが香ばしいアクセントに。白いごはんにもビールにもピッタリ!(『かんたん絶品! タイごはん90レシピ』味澤ペンシー)

レシピ本
網焼きのチーズステーキ:ヘルシーさが人気の赤身ビーフ・ステーキ。不足するコクをチーズで補ったらとても旨いステーキに仕上がった。仕上げの蒸し焼きはアルミホイルでステーキを覆い、熱を逃さなければ簡単に調理可能だ。トーチバーナーでチーズを焦がすと見た目も味も倍増する。(『決定版! 太田潤のアウトドア料理100 自慢のメニューを厳選』太田潤)
長いものマヨ焼き:焦がしマヨネーズのコクと焼いた長いものホクホク感が絶品! 簡単なのに、こんなにおいしいなんて反則ものです(笑)。(『Farmer's KEIKO 農家の台所 一生食べたい野菜のおかず』Farmer's KEIKO)
 放っておいてもキチンと仕事を果たしてくれるダッチオーブンは、長時間煮込むモツ料理に最適な鍋だ。(『ダッチオーブン大事典』太田潤)
 農地売却でキャッシュが入ったのはいいが、中国の影に不安や危機感、疑問を持つ住民は少なくなかった。
 ある住民が、農業委員会の関係者に中国資本の存在の有無を確認すると、真顔でこう忠告されたという。
「命に気をつけろ」
 彼はあきらめ顔で言った。
「今回のことを根掘り葉掘り聞くと危ない――という警告でしょう」
 この住民は会話を録音しているという。
(『爆買いされる日本の領土』宮本雅史〈みやもと・まさふみ〉)
「保存食」はもちろん長く保存することが目的です。
 でも、それ以上のメリットがあります。
 干したり漬けたりすることで、素材がおいしくなったり、環境にとっていいことも!
(『冷蔵庫いらずのレシピ 残った食材は「干す」「漬ける」でササッと保存!』按田優子〈あんだ・ゆうこ〉)

レシピ本
 この図は、450年前の江戸の姿だ。天正18(1590)年に、徳川家康が江戸の領主になった当時の土地の状態とその地名を再現したもの。根拠の資料は中世末の約100年間、南関東を支配した北条家の氏康が統治資料としてつくらせた『小田原衆所領役帳』(1559年成立)で、所領を与えた家臣560名と、彼らが支配する825ヵ所の地名が記載されている。(『江戸・東京の地理と地名』鈴木理生〈すずき・まさお〉)
「エドモン・ロカールという人物を知っているかね?」
 サックスは首を振った。
「フランス人でね。1877年に生まれ、のちにリヨン犯罪鑑識研究所を設立した人物だ。IRDを指揮していたころ、私は唯一、ロカールの唱えたある原則を座右の銘としていた。“相互交換の原則”だよ。ロカールは、二人の人間が接触すれば、各々に属する物体が必ずもう一方に移動すると考えた。たとえば埃、血液、皮膚細胞、塵、繊維、金属の残留物といったものが、必ず相互に移動するとね。交換された物体を突き止めるのは難しいが、その意味を理解するのはさらに困難を極めるだろう。しかし、交換は例外なく起こり――おかげで、我々は犯人を捕らえることができる」
(『ボーン・コレクタージェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳)
「おお、神様!」ゾッとした表情でボームラーがいった。
「どの神様だ?」ゲーリケがたけだけしい口調でいった。
(『鷲は舞い降りたジャック・ヒギンズ:菊池光〈きくち・みつ〉訳)
 民間銀行が国際送金や証券決済などの分野でさまざまな実証実験を行っているのに加えて、注目すべきは、中央銀行までもがブロックチェーンの利用に向けて積極的な取組みをみせていることです。つまり、中央銀行では、ブロックチェーンを使って、自らがデジタル通貨(電子的な通貨)を発行する可能性を模索し始めています。
 ビットコインなどの仮想通貨が「私的なデジタル通貨」であるのに対して、中央銀行が発行しようとしているのは、公的な「中央銀行デジタル通貨」です。貨幣の歴史を振り返ってみると、その時々で利用可能な最新の技術(鋳造技術、印刷技術など)を使って貨幣が発行されてきています。このため、ブロックチェーンというイノベーションの出現に伴って、それを使った「デジタル通貨」の発行を考えることは、実は「歴史の必然」であるかもしれません。
(『アフター・ビットコイン 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』中島真志〈なかじま・まさし〉)
 竹山は戦前も戦中も戦後も反専制主義の自由を尊ぶスタンスを一貫して変えなかった。それは竹山に知識と知力と自信と勇気があったからこそ可能だったのだと思う。戦時中には反軍部、反ヒトラーの見方を孤独な胸に秘めていたが、その見方が正しかったことが、戦後も反スターリン、反毛沢東という立場を、自信をもって、貫かせたのであろう。そしてそのために、日本の傾向的な論壇では竹山は時には「時流に反して」いかにも孤立した存在に見えた。しかしそれでも日本には竹山のような人の発言を許容する言論の自由はまがりなりにも存したのである。そしてそんな竹山を支持した寡黙な人々もいたのである。(『竹山道雄と昭和の時代平川祐弘

竹山道雄
 新しい道は地形を無視してまっすぐに敷かれるが、古い道は地形に寄り添って造られる。歩いていて気持ちいい。
 古い道沿いには新旧とりまざった家が建ち並び、時には古い商店も残っており、四つ角には庚申塔や地蔵といった野仏があり、地元に愛されている神社が顔を出す。
 そういう視点で歩き始めると、どの街でも面白くなってくる。
(『東京古道探訪 江戸以前からの東京の古道を探る歴史散歩』荻窪圭)
基本調味料でなんとかなる!(中略)
 ポン酢しょうゆ=めんつゆ(3倍希釈)2:酢1
 オイスターソース=トマトケチャップ1:しょうゆ1:みそ1+砂糖少々
 中濃ソース=しょうゆ1:ジャム(マーマレード)1+こしょう少々+酢1~2滴
(『ゆる自炊BOOK』)
 ついでながら、自動車などの解体したもの、老朽化したものをポンコツというが、このポンコツはゲンコツでなぐり、たたきこわすことから造られた語という。明治の初めごろから使われている。(『ことばの由来』堀井令以知〈ほりい・れいいち〉)
 そう考えるならば、東京には100年前の建物がほとんどないからといって、この都市はすでに過去の顔を失な(ママ)いアイデンティティを喪失したとあきらめるのは、早計に過ぎるということになる。むしろ東京では、変化に富む立地条件と、その上に江戸以来つくられた都市の構造とが歴史的、伝統的な空間の骨格を根底において形づくっているのであり、それと都市の中身を構成する新旧織り混ぜた種々な要素とが巧みに混淆し、世界にも類例のないユニークな都市空間を生み出しているといえるのである。(『東京の空間人類学』陣内秀信)
 古老の語りや古い新聞は、思いのほか役に立った。清流と戯れた話もあるが、暗渠化直前の桃園川は、汚く面倒なドブにすぎない。しかし、そのような川をこしらえたのも我々だ。そこにはさまざまな感情が渦巻いていた。どんな「ドブ」にもものがたりがあり、地形が記憶を紡ぎ出す。過去と現在、街の裏と表、昭和と自分、生と死などが交錯する場所が暗渠だった。(『暗渠マニアック!』吉村生〈よしむら・なま〉、高山英男)
 日本文明の自覚は喪失から始まる。それが日本民族の強さであつた。言ふまでもなく、我々が晒された「喪失」とは、第一に古代支那文明の大規模な流入であり、第二に黒船である。(『小林秀雄の後の二十一章』小川榮太郎)
 もともと魔術の本質は、ある特定の世界像をあたえて、それにしたがった行動をさせることだった。いま論理はまさにこれと同じ役目をしている。そしてインテリほど論理にたよって判断するから、インテリほど魔術にかかっている。(『昭和の精神史 竹山道雄セレクション第1巻竹山道雄
 語られる物語のなかに、その物語を聴き、語り継いできた複数の語り手、複数の声が存在し、一つの物語には無数の物語が存在するのだ。(『アラブ、祈りとしての文学岡真理
 ペリー来航後、横浜が開港される前から、八王子の商人たちは、特産品の生糸を横浜へ運び、オランダの東インド会社と貿易をしていたのだ。(中略)
 八王子の商人は、死角になっていた岬で荷物の受け渡しをして、いわゆる密貿易をおこなっていた。
 八王子~横浜間の“絹の道”は、「裏街道」「お目こぼし街道」と呼ばれ、幕府は見て見ぬふりをしていた。
(『雑学の日本地図300連発! たとえば、ギネスブックにも載った、世界一せまい海峡ってどこ?』博学こだわり倶楽部編)
「(鈴木)大拙クリシュナムルティに2回ほどしか会っていないが、『彼はいつも高いところから語っており、自らはお金にも触れず、手を汚さず、泥に少しもまみれていない』という内容の感想を漏らしたことがあるという。クリシュナムルティの表現には禅的なところがあり、回りの人に彼について度々問われたこともあったので、大拙も彼の著作を何冊か読んでいたという」(「J・クリシュナムルティの人間形成」小林一正)『クリシュナムルティの世界大野純一
 右翼には、純情だが頭の悪い人もいて、ひたすら日本を礼賛(らいさん)します。万邦無比(ばんぽうむひ)とはさすがに言わなくなったが、外国語も習わなくていい、外国へも行かない、そんな愛国主義者の中から、大東亜戦争は正しかった、などと三分(さんぶ)の理を主張するお山の大将が出てくるようでは困ります。(『日本人に生まれて、まあよかった平川祐弘〈ひらかわ・すけひろ〉)
 愛国=反日というのは、近代史の過程ではごく常識的な現象であった。去る反日デモ、あるいは江沢民の登場をまつまでもない。じつは1910年代から明確なかたちをとってあらわれはじめた。
 1919年、北京の学生運動を皮切りに、全土にひろがった五四(ごし)運動は、そのもっとも初期、かつもっとも大きな事例である。そして満州事変をへて日中戦争で、反日運動は「抗日戦争」と名を変えて最高潮に達した。したがって「反日」の動きというのは、歴史上すでにいっそう甚だしい形でおこったことであり、われわれの祖先が、つとに経験ずみの出来事なのである。
(『中国「反日」の源流』岡本隆司)

中国
 もうひとつは、【政治や世界を理解する際に宗教の歴史を抜きにして理解することはできません】。例えば【アメリカの政財界人、最高裁判事等のエリートは、キリスト教のプロテスタント系の聖公会(せいこうかい)の信者が大多数です】。(『宗教で得する人、損する人林雄介
 すでに志(こころざし)があるならば、ことは果敢(かかん)に行(おこな)うべきである。――白川静(『白川静博士の漢字の世界へ』福井県教育委員会編)

漢字
 したがってエントロピー増大の法則は、秩序は無秩序へと移る傾向があるのに対して、無秩序はそのままで変化しない、ということに等しくなる。結論は絶対的なものではなく、非常に確率が高いというだけであるが、この確率は圧倒的に高いものである。無秩序化の傾向の方が勝るというのに賭ける方が安全というものであろう。(『冷蔵庫と宇宙 エントロピーから見た科学の地平』マーティン・ゴールドスタイン、インゲ・F・ゴールドスタイン:米沢富美子、米沢ルミ子、森弘之訳)
 家康たちが最初に注目したのは、江戸城東方にあった、芦(あし)が茂る半島状態の低湿地で、江戸前島と呼ばれていたところ。今の日本橋、銀座一帯である。すでに、この地域に運河をつくることで湿地のたまり水を排除して土地をつくり、土地造成に結びつけていたが、それだけでは不十分で、やはり新たに土が必要だった。そこで家康たちは、江戸城のすぐ北、当時神田山と呼ばれていた標高20メートルの台地の土を利用することにした。(『この一冊で東京の地理がわかる! 地図と歴史から見えてくる東京の「おもしろ雑学」』正井泰夫監修)
 本書の目的は、ごく簡単なことだ。今日の科学は、「なぜ何もないのではなく何かがあるのか」という問題に、さまざまな角度から取り組めるようになっているし、現に取り組みが進んでいるということを知ってほしいのである。そうして得られた答えはどれも――それらは驚くばかりに美しい実験で観察され、現代物理学の屋台骨というべき理論から導かれたものだ――何もないところから何かが生じてもかまわないということをほのめかしている。かまわないどころか、宇宙が誕生するためには、何もないところから何かが生まれる必要がありそうなのだ。さらには、得られている限りの証拠から考えて、この宇宙はまさしく、そうやって生じた【らしい】のである。(『宇宙が始まる前には何があったのか?』ローレンス・クラウス:青木薫訳)
 人は敵対する相手によって定義され、力を与えられるものだ。(『スキン・コレクタージェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳)
 貴君の意見には賛成しないが、それを主張する権利は全面的に支持しよう。
          ――イヴリン・ベアトリス・ホール
          『ヴォルテールの友人』(1906年)
(『ゴースト・スナイパージェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳)
 とくに江戸時代前期、幕府は江戸の地形改造を続けた。地形は改造すれば百万都市へと生まれ変わる特別のものだった。(中略)江戸城の本格的築城や海の埋め立て、玉川上水の建設、洪水対策などである。だが繰り返すが、そうした特徴を持った地形だとは、空から見でもしないとなかなか気づかない。高低差がほんのわずかの尾根が江戸城まで数十キロ続くことを発見し、そこに玉川上水を建設することなどはとくにそうである。家康がなぜ認知できたのか謎だとしか思えない。
 もし江戸がそうした地形だと分かっていれば、秀吉も家康に、江戸を根拠地とさせなかったのではないだろうか。秀吉は、城を攻める際に水攻めなど土木工事をよく行った。地形を見る目もかなりあったはずなのに、見抜けなかったようである。
(『地形で解ける! 東京の街の秘密50』内田宗治〈うちだ・むねはる〉)
 たしかに数量による認識・表現は「はかる」ことの重要な部分だが、そのすべてではない。マイケル・ポランニーは、言葉にできない知識を「暗黙知」と呼び、その重要性を説いた(『暗黙知の次元 』1966年)。知っている人の顔を無数の顔のなかから見分けることができるとか、水泳やスキーの技術などがその例である。(『〈はかる〉科学 計・測・量・謀……はかるをめぐる12話』阪上孝〈さかがみ・たかし〉、後藤武編著)
 学者、物知りとは書物を読破した人のことだ。だが思想家、天才、世界に光をもたらし、人類の進歩をうながす人とは、世界という書物を直接読破した人のことだ。(『読書についてショーペンハウアー:鈴木芳子訳)
「子供たちは、その船の到着を心から待ちわびていました。まるで、自分たちを救い出すために、お伽の国からやってきた魔法の船のように思えたのです。子供たちは、陽明丸を見て歓声を上げ、はしゃぎ回りました」(『陽明丸と800人の子供たち 日露米をつなぐ奇跡の救出作戦』北室南苑〈きたむろ・なんえん〉)
 ラグビー日本代表の選手にアドバイスしていたときのことです。彼が「この良い感覚をどうしたら維持できるのでしょう?」と聞いてきたので、私は「良いも悪いも流すことですね」と答えました。
 流すと言ってイメージするのは川や水ではないでしょうか。例えば川の流れは、「この流れがいい」からといって、その一部分を切り取ることはできません。水を留めておこうと流れをせき止めれば、たちまち水は濁って腐っていき、もとの清らかな水とは程遠いものになってしまいます。
 つまり、何かに固執したり執着したりすることは、思考や行動をせき止めていることと同じなのです。
(『小関式 心とカラダのバランス・メソッド小関勲〈こせき・いさお〉)
 症状をコントロールできれば、ぜんそくはハンデにはなりません。私は、ぜんそくという持病があったことで金メダルを手にすることができました。ぜんそくの患者さんにも、ぜんそくであることがよかったという生き方をしてほしいのです。(『ぜんそく力 ぜんそくに勝つ100の新常識清水宏保
 18世紀まで、音楽とは基本的に生で聴くものだった。コンサート、オペラ、ダンスホール、バー。1800年代に入り、“業界”大手は楽譜の販売を始めた。人々は楽譜を買い、家に持ち帰って自分で演奏した。そのころの主流はピアノだった。その後――ありがとう、ミスター・エジソン――蝋管蓄音機が発明された。蝋に刻まれた溝をたどった針が振動して音楽を再生し、花のような形をしたスピーカーから流す。いつでも好きなときに家庭で音楽が聴ける時代の到来だ。(『シャドウ・ストーカージェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳)
「厳しいトレーニングをやっていると、なんか動物に近くなるような感覚があるんですよね。もしかしたら僕らのやっているトレーニングというのは、後天的に埋め込まれた価値観を削ぎ落とす作業なのかもしれない。現在の文明や文化というのは、本当に人間に必要なものなんですかね。トレーニングをしてだんだん五感が研ぎ澄まされていくと、これは多分、動物の感覚に近くなることなんでしょうけど、そうするとなんか、今の社会には余計なものが沢山あるような感じに思えるんですよね」(『神の肉体 清水宏保』吉井妙子)

清水宏保
 インドのデリー市郊外の世界遺産クトゥプ・ミナールに、紀元4世紀に仏教国のグプタ朝期に建てられた鉄柱がある。直径42cm、高さ地上7m、重さ約7tで約1mは地中に埋まっていと言われている。鉄の純度は99.72%で、約1600年経つがほとんど錆が進行していない。このような大きな鉄の構造物を作った当時の技術はどのようなものであったであろうか。(『人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理』永田和宏)
Y●どうしてかっていうと、現象を計算過程として理解するってことが、科学だからさ。感覚や意識過程も例外じゃない。意識過程は、プログラムとして理解されることになる。でも、そのプログラムが、肉で、タンパク質で、できている。それって物質、モノだよね。そうすると、プログラム自身における、材料としての変質、摩耗(まもう)なんかが、計算過程に意味を持ってくると思うわけ。意識や感覚も計算過程なら、プログラム自身の物質的状態に応じて、感覚が、影響を受けると思うわけだよ。(『生きていることの科学 生命・意識のマテリアル郡司ペギオ幸夫
 東京の三鷹光器といえば、小企業ながら日本一の天体望遠鏡にはじまって、いまでは脳外科手術用の顕微鏡メーカーとして国際的にも知られているが、かつて世界ではじめて100万分の1ミリ精度の測定器を作ったことがある。ちょうどその開発中に訪問したわたしは、創業者の中村義一さんに「いまのところはばらつきが出て不安定なので、100万分の3ミリを達成と書いておいて下さい」と言われて、自分の原稿にその通り書いた。ところがその本が店頭に並ぶ前に、NHKのテレビ番組が、100万分の1ミリを達成と伝えたのでびっくりした。不安定の原因は測定器の水平を支える4本のねじのうちの1本に、かすかなガタがあるからだと判明したという。(「解説」小関智弘〈こせき・ともひろ〉)『ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語』ヴィトルト・リプチンスキ:春日井晶子訳
 私たちが知っていた日本の文学とはこんなものではなかった、私たちが知っていた日本語とはこんなものではなかった。そう信じている人が、少数でも存在している今ならまだ選び直すことができる。選び直すことが、日本語という幸運な歴史をたどった言葉に対する義務であるだけでなく、人類の未来に対する義務だと思えば、なおさら選び直すことができる。
 それでも、もし、日本語が「亡びる」運命にあるとすれば、私たちにできることは、その過程を正視することしかない。
(『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』水村美苗〈みずむら・みなえ〉)
 陳蕃(ちんばん)は自室でくつろいでいた。庭はというと、草はのびほうだいでまことにきたならしい。そこに父の友人で薛勤(せっきん)という者がやってきて、ちらりと庭に目をやってから、陳蕃にむかって、
「孺子(じゅし)よ、庭の掃除をして賓客を待つものだぞ」
 と、叱るようにいった。すると陳蕃が、
「大丈夫(だいじょうふ)の処世というものは、天下の掃除をおこなうものであって、家の掃除などはするものではありません」
 と、答えたので、薛勤は15歳の童子に清世(せいせい)の志(こころざし)があることを知り、ふしぎにおもったという。
(『三国志宮城谷昌光
「天知る。地知る。我(われ)知る。子(なんじ)知る。たれも知らないとどうして謂(い)えるのか」
 これが四知である。
 どんな密事でも天が知り、地が知り、当事者が知っている。それが悪事であれば露見しないことがあろうか。
(『三国志宮城谷昌光
 変形性膝関節症は、退行性(たいこうせい)によるひざ関節の骨や軟骨の病変です。
 一般的に、この病変は関節を長年使用したために軟骨がすりへって発生するとされていますが、私どもの考え方は少し違います。
 ポイントは同じ軟骨の状態ですが、主要因としては摩耗というより、弾力性の低下=機能の低下のほうにあると考えています。
(『ひざ痛を自分で治す本本』大谷内輝夫〈おおやち・てるお〉)

膝痛
 私が特に驚いたのは、実験終了後、参加者に聞き取り調査をしたときでした。腰割りの効果が、運動能力と体型の変化だけでなく、ほとんどの参加者から不調の改善の報告がどんどん上がってきたのです。

・肩こりが緩和した
・腰痛・ひざ痛が緩和した
・冷え性が改善した
・むくみにくくなった
・食欲が増した
・生理痛が改善した
・体のだるさがとれた
・長時間、長距離を歩くのが楽になった
・階段の上り下りが楽になった
・ゴルフスイングのふらつきが軽減した

(『「腰割り」で体が若返る 肩こり・腰痛・ひざ痛など体の不調を改善するお手軽体操』白木仁〈しらき・ひとし〉)

筋トレ
 西洋で誕生したネジに日本人が初めて出会ったのは、種子島(たねがしま)に鉄砲が伝来したときのことであった。鉄砲の銃尾に使われていた鉄製ネジに、日本人は首をかしげるばかりだった。どうやってこんな部品を作れたのか。種子島の領主の種子島時尭(ときたか)は鍛冶職人の八板金兵衛に、ポルトガル人から贈られた火縄銃の模造を命じた。金兵衛は筒などは作ることができたが、銃便の尾栓(びせん)と呼ばれるネジの作り方がわからない。ボルトの役割を果たす雄ネジについてはなんとか作れても、ナットの役割を果たす銃尾の雌ネジの作り方は見当もつかなかった。言い伝えによれば、万策(ばんさく)つきた金兵衛は、娘をポルトガル人に嫁がせることでネジの作り方を学ばせようとした。そうしてネジの作り方をなんとか知った金兵衛は、鉄砲を完成させ藩主に献納することができたというのである。(『「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》』橋本毅彦〈はしもと・たけひこ〉)
 たとえばイタリアでは、フォークだけを使って食べる場合、空いているほうの手をテーブルの端に置いてすっかり見えるようにしておくのが正しいとされている。アメリカでは行儀が悪いと見なされるかもしれないが、そもそもこの習慣は、食卓の同席者に手を見せて、武器を持っていないことを示した時代に端を発するのである。(『フォークの歯はなぜ四本になったか 実用品の進化論』ヘンリー・ペトロスキー:忠平美幸〈ただひら・みゆき〉訳)
「稽古のひどい時には、この辺で足が上らなくなる。なんで四高にはいって、こんなに辛い目にあわなければならぬかと、自然に涙が出て来る」
「ほんとに涙が出るんですか」
「そりゃあ、出る。1年にはいって、1学期の間は、毎日のように、この坂の途中で涙を出す。実際に足が上らなくなるんだから、涙だって出て来ますよ。だが、1学期が終ると、大体諦めてしまう。こういうものだと思ってしまう。僕などは、現在、そうしたところへ来ている。鳶のように深刻に考えたりしない。たいしたこではない。3年間、捨ててしまうだけの話なんだ」
(『北の海井上靖

七帝柔道記
 人間はその殺害能力を二つの手段によって、飛躍的に向上させた。一つは道具の使用によって、もう一つは集団の力を借りることによってである。(『中核VS革マル立花隆
 石油の価格が安定していた最後の年、つまり2004年には、石油から作った自動車用の「ガソリン」をスタンドで買うと、1リットル100円なのに、その隣のコンビニエンスストアで「水」を買うと、500ミリリットルのボトルで130円という珍現象が起こっていたのです。「ガソリンが1リットル100円」の時に、「水が1リットル260円」というのは、いくらなんでもおかしな現象ではないでしょうか。それを何とも思わなくなったのですから、まったく人間の慣れとは恐ろしいものです。(『偽善エネルギー武田邦彦
 金日成が、我々在日同胞に何をしてくれたというのか。あの男が我々に与えたものといえば、幻想だけではないか。しかし非常にしばしば、幻想は現実より魅力的に映るものだ。若いころはことにそうだ。金日成がつくりだした幻想はこのうえなく甘美だった。私たちはそれに酔った。(『わが朝鮮総連の罪と罰 』韓光煕〈ハン・グァンヒ〉、野村旗守〈のむら・はたる〉取材構成)

北朝鮮
 昔の写真を見ると、主婦が大そうじに取りかかるとき、よくたすきがけをしています。実際に試せばわかりますが、たすきがけをすると、作業がしやすくなります。
 また、何か集中力を発揮する必要があるときに、昔は、はち巻きをしたものです。武道の道着を帯で締めたときにも、同様のことが起こります。体は安定し、動きやすくなる効果があるのです。
 このように日本人は、体にひもを巻くことの効果を体感し、知恵として上手に利用していたのです。
(『ひもを巻くだけで体が変わる!痛みが消える!小関勲〈こせき・いさお〉監修)
 曲泉(きょくせん)とは、ひざの内側で、ひざを曲げたときにできるシワの先端にあるツボ。【ひざ関節の間で、軟骨がすり減り、変形するところなので、ひざの悪い人は痛みを感じるところです。下半身の悩みによく効くツボとして知られています。】(『ひざ痛が消える!魔法の5秒体操』中村弘志)

膝痛
 わが国が戦争に負けた1945年8月14日のアメリカの新聞ニューヨーク・タイムズは「我々は初めてペリー以来の願望を達した。もはや太平洋に邪魔者はいない。これで中国大陸のマーケットは我々のものになるのだ」と書きました。この記事は、ペリー以来のアメリカのねらいが何であったかをよく示しています。ペリー来航はマニフェスト・ディスティニー(明白なる運命)と名づけられた世界戦略が、わが国に矛先(ほこさき)を向けた歴史的事件にほかならなかったのです。(占部賢志〈うらべ・けんし〉)『教科書が教えない歴史藤岡信勝、自由主義史観研究会

日本近代史
 ひざ痛の大きな原因となるO脚を改善するには、足の外側に偏っている重心を、意識的に足の親指寄りに戻し、「内側重心」にする必要があります。
 しかし、「内側に重心をかけよう」とただ意識するだけでは、すぐに忘れてしまうのが人間です。ところが、親指にバンソウコウを巻いておくと、歩行のさい、そこに普段とは違う圧力がかかるので、自然に親指に意識が向き、内側重心になるのです。
(『ひざの激痛を一気に治す自力療法No.1』)

膝痛
 実は、ほとんどの人の足指は、曲がったり浮いたりして変形しており、動いていません。
 足指が動かないで足元が不安定になると、体の筋肉は余分な力を使ってバランスをとろうとします。
 その不自然な力が、体にゆがみを生じさせ、ひざや腰、股関節などの痛みにつながるのです。
(『足・ひざ・腰の痛みが劇的に消える「足指のばし」』湯浅慶朗、今井一彰監修)

膝痛
 リンパ液と血液の流れを促進するのが、足指しごき。最初は痛く感じるかもしれませんが、それこそリンパ液と血液の流れが停滞している証拠。毎日つづけると、痛みがやわらいで心地よくなってきます。そのころには、リンパ液も血液も正常な流れになり、ひざ痛などの不快症状も改善していることでしょう。(『ひざの痛みがみるみるよくなる100のコツ』主婦の友社編)

膝痛
【大腿四頭筋のストレッチ 10秒間×5回】うつ伏せになり、左手で左脚をつかむ。かかとをできるだけお尻に近づけて、太ももの前側の筋肉を伸ばす。10秒間保ったら、下に戻す。これを繰り返す。右側も同様に行う。(『ひざ痛を治す 正しく動かす 元気に歩く』宗田大監修、NHK出版編)

膝痛
 いつの日か、3Dプリンティングによって人工知能はコンピュータから現実世界にもち込まれるだろう。ロボットはもう古い。サイボーグは1990年代の文化の遺物だ。未来は、プログラム可能な物質、つまり振る舞いをプログラムでき、選んだ形で3Dプリントできるような素材にある。(『2040年の新世界 3Dプリンタの衝撃』ホッド・リプソン、メルバ・カーマン:斉藤隆央訳、田中浩也解説)
 片足立ちはバランス能力を高めます。転びにくくなって歩くのが速くなり、階段の上り下りがスムーズになります。歩くときも、階段の上り下りも、動作の半分は片足で立っています。その間のふらつきが少なければ、スムーズに動けるのです。逆に片足立ちのバランスが悪いと、1歩1歩確認しないと歩けなくなり、階段も怖くて踏み出せません。(『ひざ痛が消える「片足立ち」の魔法 整形外科学会が提唱する「ロコモ体操」の威力』石橋英明)

膝痛
 今日の政治は、概念に依拠したある種の普遍的な病であると見なすことができますし、宗教の方は空想と虚構の入り混じった感傷主義であると考えることができます。現実のできごとを観察してみれば、こうしたものはどれも概念を操る思考の仕業であり、毎日のみじめさや人生の混乱・失望を回避するための手段であることがわかるでしょう。(『アートとしての教育 クリシュナムルティ書簡集J・クリシュナムルティ:小林真行訳)

学校への手紙
 人は、春に生まれ、盛夏を生き、秋を迎えて冬となり、やがて死んでいく。
 人は生き、死んでゆく。
 ただそれだけのことだ。
 春に死ぬ者もあれば、夏に死ぬ者も秋に死ぬ者もいる。
(『VTJ前夜の中井祐樹増田俊也〈ますだ・としなり〉)
 年縞(ねんこう)と呼ばれる特殊な堆積物は、このような状況に風穴を開けることで脚光を浴びた。年縞とは、1年に1枚ずつ形成される薄い地層のことである。そのような地層を1枚ずつ削り取るように分析していけば、何万年も前に起こった出来事であっても、その推移を1年ごとに詳細に復元することができる。(『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』中川毅〈なかがわ・たけし〉)
 AKA-博田(はかた)法は、当時、国立南大阪病院の理学診療科医長の博多節夫先生が開発された、痛みとリハビリに対する手技による新しい治療法で、その理論と実演の内容から、これこそ私が長く探し求めていた治療法であると直感しました。(『その痛みはきっと取れる! 整形外科の画期的治療』住田憲是)

膝痛
 ひざ痛の本当の原因は半月板の亜脱臼である(『半月板のズレを戻せばひざ痛は治る!』中村昭治)

膝痛
 まず椅子に浅く掛け、膝を少し上げて膝下を前後に振ります。膝下の振るスピードはゆっくり振ります。(『自分で治す病気の数々 痔 膝痛 腰痛 肩こり 認知症 椎間板ヘルニア』谷幸照)

膝痛
 厚生労働省の研究班の出した推計では、変形性ひざ関節症などのひざ痛を抱える人は、予備軍を含めると2500万人にものぼるそうです。つまり、日本人のおよそ5人にひとりは、何らかのひざのトラブルを感じているわけですね。(『ひざ痛は99%完治する』酒井慎太郎)

膝痛
 被災者たちの話を聞いてみればいい。彼らはほぼ例外なく「どうしてなんだ?」「なぜわれわれなんだ?」「なぜこの場所で?」「どうして今?」と口にするだろう。わたしたちは理由が知りたいのだ。だが、たいていこの種の出来事に理由などない。出来事自体には原因があるだろうが、「なぜわれわれなんだ?」式の疑問に対する理由はないのだ。(『世界はデタラメ ランダム宇宙の科学と生活』ブライアン・クレッグ:竹内薫訳)

偶然
 なお、品質工学というのは、田口玄一博士という、れっきとした日本人が考案した新しい学問であり、1980年にアメリカのベル研究所で成功を収め、世界的には「タグチメソッド」と呼ばれるようになった。そして1980年代に、アメリカの技術が日本に負けたのではないかと言われた時代に、田口博士は「アメリカをよみがえらせた男」と呼ばれた。(『そこにはすべて「誤差」がある なぜ予想違い・誤診・偽装が起こるのか?』矢野宏)
「はかる」という言葉はたくさんの漢字で表されることでよく知られている。「測・量・計・図・謀・諮」が代表的なところで、そのほかにも「忖・画・度・称・秤・料・評・詢・衡……」など、数多い。要するに、大昔から使っていた「はかる」という言葉に、輸入された漢字を適当に当てはめているわけだが、この適当ぶりを見てみるとなかなか興味深い。(『なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう』武蔵工業大学編)
【「ひざの痛みの86%は、どちらかの体操で改善する」】という結果が、当院での調査から出ています。どちらかの動きでひざの痛みが軽くなったのなら、本書でお話しする「痛みナビ体操」で、あなたのひざの痛みはさらに改善する可能性が高いといえます。(『3万人のひざ痛を治した!痛みナビ体操』銅冶英雄〈どうや・ひでお〉)

膝痛
 鮎太は、この時、何か知らないが生れて初めてのものが、自分の心に流れ込んで来たのを感じた。今まで夢にも考えたことのなかった明るいような、そのまた反対に暗いような、重いどろどろした流れのようなものが、心の全面に隙間(すきま)なく非常に確実な速度と拡がり方で流れ込んで来るのを感じた。不思議な陶酔だった。(『あすなろ物語井上靖
 その翌年の2011年の特殊教育学会は弘前で開催されました。弘前大学が準備を引き受けることとなり、「自閉症児・者の方言使用について――『自閉症はつがる弁をしゃべらない』との風聞の検討」というタイトルで準備委員会企画シンポジウムをおこないました。
 この準備委員会企画シンポジウムから、方言学者である弘前大学の佐藤和之先生に参加していただきました。佐藤先生からは、【自閉症者は方言を話さない】という現象について方言と共通語の使い分け行動と対人距離の関係など、方言の社会的側面からの役割が説明されました。この解釈こそがその後の私たちの理論的検討の方向性を決めることになります。
(『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』松本敏治〈まつもと・としはる〉)

自閉スペクトラム症(ASD)
 本当はもっと悪辣(あくらつ)でした。
 まず、「政府が赤字国債という名の借金証文を出して国民からお金を借り(そのお金を返す気はなく)」→「“貸した国民”を“借りた国民”という言い方に180度入れ替え、“子供たちのツケ”という言い方にして」→「借りている国民が、そのお金を“消費税”というかたちで払わなければならない」……というのがNHKなどの報道でした。
(『給料を2倍にするための真・経済入門武田邦彦
 未来のテクノロジー生活は、終わることのないアップグレードの連続となる。そしてその頻度はどんどん高まっていく。性能は変化し、デフォルトというものはなくなり、メニューが姿を変えていく。いつもは使わないソフトを開いてある機能を使おうとしたら、メニューそのものがすべて消えていたということも起こるだろう。(『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー:服部桂〈はっとり・かつら〉訳)
 革新的だったのは、日本人は硬いがもろい高炭素鋼を、強靭だが軟らかい低炭素鋼と区別できたことだ。彼らは見た目と、手に持った感じと、たたいたときの音だけで判断していた。種類の違う鋼鉄をより分けることで、彼らは確実に低炭素鋼を刀の心金に用いることができた。それにより刀はたいへん強靭に、あるいはねばり強くなり、刀が戦(いくさ)で折れる可能性はほとんどなくなった。(『人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する』マーク・ミーオドヴニク:松井信彦訳)
 火のついた家は向こうにあると、私たちは思うのですが、それはここ、内にあるのです。私たちは最初に自らの家に秩序をもたらさなければならないのです。(『明日が変わるとき クリシュナムルティ最後の講話J・クリシュナムルティ:小早川詔〈こばやかわ・あきら〉、藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳)
 砂漠の嵐作戦に至る道を開いた責任は、ほかのだれにもましてブッシュとベーカーが負うべきである。彼らはイラクの核兵器製造能力一掃のためだとあの戦争を正当化したが、その能力こそは、米国が援助を与えて育成したものにほかならなかった。クウェートの主権を守るという大義名分が強調されたが、この場合もワシントンにとって肝心なのは、石油の利権確保なのだった。(『だれがサダムを育てたか アメリカ兵器密売の10年』アラン・フリードマン:笹野洋子訳)
 ガラスのない世界には、大聖堂のステンドグラス窓も、現代の都市景観のつややかに光る壁面もなくて、文明の体系が変わるだけではない。ガラスのない世界では、近代的発展の根本、すなわち、細胞やウイルスや細菌の理解によって延びた寿命、何が私たちを人間たらしめているかに関する遺伝子の情報、宇宙における地球についての天文学者の知識、すべてが打ち砕かれる。このような画期的概念にとって、ガラスほど重要だった物質は地球上にほかにない。(『世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史』スティーブン・ジョンソン:大田直子訳)
 乱取りが始まると、あちこちで阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図が現出する。
 立技(たちわざ)では板敷きの剣道場やコンクリート敷きの玄関まで引きずっていかれ、叩きつけられることもあった。彼らは巻き込んで投げ、投げたあと私たちの体に思いきり体を乗せてくるので、その瞬間、死ぬのではないかと思うほどの痛みと恐怖を感じた。寝技でも体力に差がありすぎ、すべての技を封殺された。
 私たちは壁にぶつけられ、鉄製ロッカーにぶつけられ、絞め落とされて失禁した。怒らせると肘(ひじ)や頭突きも飛んできた。
(『七帝柔道記増田俊也〈ますだ・としなり〉)

北の海
 その第一の理由は、破壊的カルトは、その組織に参加していこうとする人びとに対して、何か重大な彼らの充足させたい欲求や必要物を与えているからである。つまり、破壊的カルトのメンバーは、その集団内で生活することによって、それまで欠けていた剥奪感や空虚感から救われ、主観的な意味での幸福を手にすることになるからである。(『マインド・コントロールとは何か』西田公昭)

マインドコントロール
 私は黙った。黙ったと同時に井上(ひさし)さんの平手が頬を打った。
 それからはまるで狂った狸に襲われるように、あちらからこちらから滅茶苦茶に手が飛んできた。イスにぶつかりベッドに押し付けられ、机の下で首を締められる。とっさに頭をかばった。
 ここで殺されるにしても顔と頭だけは最後まで正気でいたかった。逃げれば追って来る。声など出ようがない。
 戻ってきたマスさん(井上の実母)はその修羅場に遭遇した。
「あ、やめなさい、ひさし君! こんな女に手を上げてはあなたがもったいない」
(『表裏井上ひさし協奏曲西舘好子〈にしだて・よしこ〉)
 昭和40年ぐらいまで、国家も警察もヤクザを“必要悪”として認めていたんだ。終戦直後の混乱期にはむしろ、治安維持にヤクザを利用してきたし、日米安保のときには左(翼)の連中や学生を押さえつけるために右翼やヤクザを使ってきたしな。ところが、その頃から錦政会や住吉会がどんどん大きくなってきたわけだ。そこで国は、今度はヤクザを押さえにかかった。それまで目をつぶってきた博打を非合法化して締め上げ、とどめが頂上作戦だ。(『憚(はばか)りながら』後藤忠政)
 2つの変数の関係が因果関係なのか、相関関係なのかを確認するために、次の3つのことを疑ってかかることをおすすめしたい。その3つとは、

 1.「まったくの偶然」ではないか
 2.「第3の変数」は存在していないか
 3.「逆の因果関係」は存在していないか

 である。

(『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』中室牧子〈なかむろ・まきこ〉、津川友介)
 他の人の叙述をとおして、愛について知ることはできません。(『花のように生きる 生の完全性J・クリシュナムルティ:横山信英、藤仲孝司訳)
「パーソナルデータは新しい石油である。21世紀の価値ある資源であり、新たな資産である」
 欧米ではこうした考え方が今や共通認識となりつつある。日本でも、「ビッグデータ時代の到来」という掛け声とともに、企業がこうした購買履歴やウェブサイトの閲覧履歴などの「パーソナルデータ」を収集する動きが加速している。
(『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴)
 人の行動も特別ではない、というのがここでの結論だ。人間の行動には、原子の運動や電磁波と同じような意味で、厳密な「エネルギー」が定義できるわけではない。しかし、腕の動きの回数の分布は、原子のエネルギー分布と同じ式で表される。
 これは偶然ではない。この一致は、両者がいずれも有限の「資産」のやりとりを繰り返した結果現れるものだからである。
(『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男)

ビッグデータ
 ここで本当に学ぶべき事柄は、ワインやペプシとは何の関係もない。飲み物とブランドについて言えることは、世界に対するそれ以外の経験にも当てはまるということだ。直接的で明確な側面(いまの場合は飲み物)と、間接的で暗黙の側面(値段やブランド)の両方が相まってはたらくことで、精神的経験(味覚)はつくりだされる。ここでのキーワードは「つくりだす」。人間の脳は、味などの経験を単に記録しているのではなく、それを【つくりだしている】のだ。(『しらずしらず あなたの9割を支配する「無意識」を科学するレナード・ムロディナウ:水谷淳訳、茂木健一郎解説)

無意識
【目的、方法、程度、結果などを見て、それらが「法規範」や「社会規範」から大きく逸脱している場合は、これを「マインド・コントロール」と判断して問題視すべきである。】私はそう考えています。(『決定版 マインド・コントロール』紀藤正樹〈きとう・まさき〉)
小室●だから創価学会がもし2000年も続きたければ、まず、法王とセイントをつくるべきなんです。池田大作は一体法王なのかセイントなのか。私の提案は、彼は日蓮の代理人としての法王になり、学会内には反池田的セイントを育てて、常に池田批判のダイナミズムから新しいエネルギーを汲(く)みとってゆくといい。そうすれば2000年はもちます。(『日本教の社会学 戦後日本は民主主義国家にあらず小室直樹山本七平
 J・クリシュナムルティは、多分、20世紀の典型的な偶像破壊者である。彼は特定のいかなる哲学、宗教、あるいは心理学派との同一化も断固として否定したが、変容を促す彼の洞察と観察は多くの人々、ひいては20世紀それ自体にも深甚なる影響を及ぼした。(『クリシュナムルティとは誰だったのか その内面のミステリー』アリエル・サナト:大野純一、大野龍一訳)
 ひそかな操作
  みせかけの自発性や「超自然的な」出来事を演出して体験させるための仕組みを持つ。より高尚な目的のためだとして、誰もが集団内の別の構成員を操る行為を行う。
(『マインド・コントロールからの救出 愛する人を取り戻すためにスティーヴン・ハッサン:中村周而〈なかむら・しゅうじ〉、山本ゆかり訳

宗教マインドコントロール
 少し(できれば最低2~3週間)休みをとって、グループのほかのメンバーから離れてゆっくりできる場所へ行き、この本以外の資料からもっと情報を集める。【覚えておくこと――もしそのグループが本物で確かなグループなら】、どんな吟味にも耐えるものである。あなたのグループが、その理想化された姿とはずいぶん違うということを、何年もあとに、あなたの時間とお金と精力と方策をたくさん浪費してから気づくよりは、早く真実を知るほうがずっとよい。(『マインド・コントロールの恐怖スティーヴン・ハッサン:浅見定雄訳)

宗教マインドコントロール